特にしんどそうなのは、女性。国からは「男女平等だから働け!」「少子化だから子どもを産め!」と言われ、さらに高齢の親からは「子ども(嫁)なんだから世話をしろ!」とありえない要求をされて、何重にも苦しんでいる人が多い気がします。
批判をおそれずに言うと、僕は自分のキャリアや家庭を犠牲にしてまで親の介護はする必要はないと思っている派です。施設に預けて、週に1回面会に行くだけで十分じゃないかと。
理由は単純で、いまの日本では「子どもが親の面倒を見切れないなら行政が代わりにやる仕組み」が整備されているからです。「介護をしない=親を捨てる」わけではないのです。
最も理想的な展開は、高齢になった親が子どもに対し、「老後のためのお金も残してあるし、施設もすでに確保している。だから君たちの手を煩わせることは一切ないから安心してほしい。自分の家族の幸せを優先するんだ」とはっきり言ってくれることですよね。
最近はこういうタイプの高齢者も増えてきた気がしますが、「いままで育ててやったんだから、最後まで面倒をみろ!親をみるのは、子どもの義務だ」と子どもをあてにする親もまだまだいるようです。
親の残り少ない人生よりも
自分の人生を大切に
経済が右肩上がりだった親の世代とは違い、現役世代は失われた30年によって給料が低く、経済成長の見込みもないのに、子どもの教育費は高く、社会保障費の負担は増す一方で、自分の生活を維持するだけでいっぱいいっぱいです。
それなのに「自分の親だから」という理由で一時的に収入を減らし、何年続くかわからない介護を続けるのはあまりにも酷だと感じます。
『僕が忙しい現代人に伝えたい 休む技術』(ひろゆき(西村博之)、Gakken)
たとえば、親の介護のために、働き盛りの40~50代を丸々介護のために休職したとすれば、経済的には大きくマイナスです。そもそも親の状況によっては、職場に復帰できるかどうかもわかりません。
介護する親が莫大な資産を残してくれるなら別かもしれませんが、それもないとなると、彼(彼女)の残りの人生、誰が責任をとってくれるのでしょうか。
残念ですが、介護を自分でどれだけがんばろうと、介護のプロに委ねようと、親が亡くなるという結末は変わりません。つまり、介護をするかしないかは気持ちの問題だけなのです。
自分もすでに定年退職していて、親孝行ができなかったら罪滅ぼしのために介護をする







