「コスパ」や「タイパ」ばかりを追い求めて、メンバーの心がスカスカになっていませんか? ゴールドマン・サックス出身の櫻本真理氏と田中渓氏が語り合うのは、組織マネジメントの盲点となっていた「心理的リソース」という概念。櫻本さんが著書『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』で提唱したものです。上司がこの「心理的リソース」を意識しているか否かによって、同じ仕事を与えたときの部下の「消耗」に大きな差が生まれます。そのメカニズムを、おふたりの実体験をもとに語り合っていただきました。
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「心理的リソース」という画期的な概念
櫻本真理さん(以下、櫻本) 田中渓さんとは、大学生時代から知り合いで、ゴールドマン・サックスで一緒に働いていたこともあって、私が書いた『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』という本を、発刊後すぐに献本して読んでいただきました。
この本のキーワードは「心理的リソース」という言葉で、「チームが疲れているのは、メンバーの心理的リソースが枯渇しているのが原因」というコンセプトなわけですが、田中さんは「この心理的リソースという概念を知って、悔しい」という感想を寄せてくださいました。「悔しい」と書いてくださったのが、すごく嬉しかったです。
田中渓さん(以下、田中) いや、本当に悔しかったんですよ(笑)。
僕は、自己内省はそれなりにやってきた自負があって、これまでの仕事や人生のなかで感じてきたことをできるだけ自分流に言語化しようと努めてきたつもりでしたが、心のなかでずっとひっかかってきたことに対して、櫻本さんは「心理的リソース」という言葉で鮮やかに概念化をされた。それが、悔しかったんです。
田中 渓(たなか・けい)1982年横浜出身。上智大学理工学部物理学科卒業。学科首席として同大学院に進学。ゴールドマン・サックス証券株式会社に2007年に新卒入社。同社でマネージング・ディレクターに就任、投資部門の日本共同統括を務め、2024年に同社を退社。現在は、数千億を運用するより少数精鋭の投資会社にて不動産投資責任者を務める。私生活では365日朝3時45分に起床する生活を6年以上続け、毎日25kmランニング、60kmの自転車、7000mのスイムのいずれかをこなし、強靱な肉体と精神力、一生の財産にもなる「習慣化」の力を手に入れる。著書に、『億までの人 億からの人』(徳間書店)。
櫻本 田中さんにそう言っていただけるのは光栄です。私も、ゴールドマン時代も含めて、これまでの経験してきたことをわかりやすく説明する概念をずっと探し求めてきたんですが、その末に辿り着いたのが「心理的リソース」という概念でした。
私たちは、何かを考えたり、判断したり、思わず湧き上がってくる衝動を制御したりしながら仕事をしていますが、そのために多くの「心のエネルギー」を費やしています。その目には見えない「心のエネルギー」は、組織やチームが成果を生み出すために不可欠な「有限の資源(リソース)」なんです。
ところが、これまでの企業においては、「時間」や「資金」などのリソースのマネジメントは重視されてきましたが、この「心のエネルギー」のマネジメントという観点はほとんど考えられてきませんでした。そこで、これを「心理的リソース」と名付けることで、マネジメントすべき重要な「資源(リソース)」であることを打ち出したかったのです。
「タイパ」「コスパ」よりも大切な「サイパ」という概念
田中 そうそう、マネジメントとは「限られた資源を有効活用して、最大限の成果を生み出すこと」ですが、その限られた資源の中に「心理的リソース」という概念が抜けているために、多くの組織が病に陥っているように思いますね。
特に面白かったのが、この本で初めて知った「サイパ」という概念です。お金という資源であれば「コスパ(コスト・パフォーマンス)」、時間という資源であれば「タイパ(タイム・パフォーマンス)という概念がありましたが、それと同等のものとして「サイパ(サイコロジカル・リソース・パフォーマンス)」という概念を打ち出したことにもすごく共感しました。
櫻本 ありがとうございます。「サイコロジカル・リソース」とは「心理的リソース」のことで、要するに、「サイパ」とは「心理的リソースの投下に対して、どれだけの価値を生み出せているか?」を測る概念です。
そして、組織マネジメントをするときには、「タイパ」「コスパ」を意識するだけではなく、メンバーの心理的リソースをなるべく消耗しないように、「サイパ」を意識することが大切だということを訴えるとともに、そのための「考え方」「ものの見方」「方法論」をまとめたのがこの本なんです。
櫻本真理(さくらもと・まり)株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。
田中 とても大切な視点だと思います。組織の「タイパ」「コスパ」を上げるために、「サイパ」を犠牲にしているケースもたくさんありますもんね。その結果、組織が疲弊していく……。
櫻本 逆に言えば、たとえかなりの激務であったとしても、「サイパ」がよければそんなに疲弊しないということも言えますよね。たとえば、ゴールドマン・サックスではかなりの激務を経験しましたが、リーマンショックでたいへんな状況になるまでは、私の心理的リソースはそれほど消耗せずに過ごすことができました。
当時、私は、ゴードマン・サックスで働くことで、「成長への期待」であったり、「金銭的な報酬」であったり、「大きな仕事をしているぞ」という満足感であったり、そういうものによって心理的リソースが満たされていたんだと思うんです。田中さんは、ゴールドマンサックス時代はどうでしたか?
上司のあり方で「心理的リソース」は左右される
田中 僕も同じですね。20代のころは、他の会社に勤めている同年代の人たちよりも大きな仕事を任されることで、誰よりも成長しているという実感がありましたから、それが心理的リソースを生み出してくれていたんでしょうね。そのおかげで激務を乗り切れていたのかなと思います。
ただ、当時を振り返ると、同じ仕事をしていても、心理的リソースが増えることもあれば、減ることもあったなという気がします。
若いころは、上司から無理難題が山のように降ってきましたが、当時は「働き方改革」以前だったこともあって、金曜日の深夜、急に“重たい仕事”を無茶振りされて、とりあえず絶望していると、「大丈夫だよ、月曜日の朝まででいいから」と励まされるみたいな(笑)、そんな感じでした。
櫻本 ありましたね……(笑)
田中 まぁ、そんな”無茶振り”をされると絶望するわけですが、若いので体力もありますから、「土日を使えばなんとかなるか」と気を持ち直して、とりあえず心理的リソースはプラスマイナス「ゼロ」の状態になるわけです。
問題なのは、このあとです。上司のタイプによって、土日を使って仕事を進めるなかで、心理的リソースが増えていくこともあれば、すり減っていくこともあるんです。
櫻本 どういうことですか?



