生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。SNSで話題となったドブネズミのエピソードについて本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。
ドブネズミの行動が心をつかむ
――すでにロングセラーになっていた『動物のひみつ』ですが、Xでバズったこと(@parfaitthestudy「40代は心が弱っているのでドブネズミが見知らぬ他者が雨に濡れていたら、じぶんちに招き入れると知って咽び泣いているみんなウォード博士の驚異の「動物行動学入門」動物のひみつを読んでくれ」というポスト)でさらに注目を集めましたね。
夏目大氏(以下、夏目):ありがたいことです。「ドブネズミ」で良かったと思いました。ハツカネズミとかじゃなくて。たぶんブルーハーツのファンに刺さったと思うんですよ(笑)。
私も「リンダリンダ」は好きだからよく一人でギター弾いて歌っているんですけどね。
――あらためて、ネズミの親切な行動について教えていただけますか?
夏目:隣り合う空間に棲む2匹のネズミを使った実験があるんです。一方の空間は乾いており、居心地が良い。もう一方の空間は湿っていて、居心地が悪い。二つの空間の間にあるドアを開けることができるのは、乾いた空間にいるネズミのみです。
果たして、乾いた空間にいるネズミはドアを開けて、招き入れてあげるのか?という実験です。この実験で、ネズミはドアを開け、他者を招き入れることがわかりました。
しかも、湿った空間に棲んだことのあるネズミは、そうでないネズミよりも早くドアを開けることもわかったんです。ネズミは他者の境遇を思って救いの手を差し伸べる能力があるんですよ。
――自分の部屋に他者を入れてあげるメリットは何もないのに、「そっちは気持ち悪かろう」ということでドアを開けるんですね。驚きです。
夏目:他にも、罠にかかった仲間を助けようとするという話もありました。
感情はどこから来るのか?
――ネズミは、人間と同じように他者に感情移入できるのでしょうか。
夏目:著者のウォード博士は科学者だから、「人間性、人間の社会の根幹を成す感情移入の能力の進化的起源を知る手がかりになる」と言いつつも慎重です。他にもストレスがこの利他的行動にどう影響するかなど探るべきことが数多くあると述べています。
――「程よい量のストレスがあると、良い行動が促される」とあって興味深かったです。
夏目:人間も適度なストレスがあったほうが良いと言われますよね。ネズミの場合も、ちょうど良い量のストレスある場合に、他のネズミを探して互いに助け合おうとします。
一方でまったくストレスのないネズミは、そもそも他者と関わって生きようとしません。ストレスを和らげてくれる仲間の存在を必要としないんです。逆にストレス過多なネズミも他者と関わろうとしなくなりますが、それは自分の世界に引きこもってしまうから。他者との関係を維持できず孤立してしまいます。
――人間と同じなのかもしれない。
ディストピアになってしまったネズミの都市
夏目:「ラット・シティ(ネズミの都市)」の研究の話もありました。アメリカの動物行動学者ジョン・カルフーン博士が1960年代から1970年代にかけて行った研究で、自宅の裏に囲いを作って5組のネズミのつがいを入れたんです。
敵がいない快適な環境で十分な食べ物を与えられたネズミたちは、最初は順調に増えていきます。都市が発展するんですよね。でも、ネズミの数が150に達したあたりから、それまでは平和的だったネズミたちが攻撃的に変わり、繁殖できなくなる者が増えて、結局ネズミの数は200を超えなかった。
カルフーン博士は5000くらいに増えるだろうと思っていたのに。ネズミのユートピアのはずが、ディストピアになってしまったという衝撃的な話です。
――狭いところで数が増えすぎると、攻撃的になったり精神を病んだりしてしまう……。
夏目:怖いですよね。ただ、この研究結果を安易に人間にあてはめて、たとえば「だから人間も都市に密集すべきではない」などと主張するのは、ちょっと違うのかなと思います。
自分の主張のために動物の実験結果を利用しているのを見ると残念に感じます。もちろん、動物の研究が人間の行動をより深く理解することにつながっているのは確かです。
本書を読むと、人間って、人間の社会ってこうだよなぁとあらためて気づくことがたくさんありますね。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」