生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。知られざるハイエナたちの社会について本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。
王朝を築くハイエナ
――『動物のひみつ』にはハイエナの社会が紹介されていました。ハイエナは「嫌われ者」のイメージがあって、あまりよく知らなかったのですが本書には面白いことがたくさん書かれています。
夏目大氏(以下、夏目):ハイエナも面白いですねぇ。ハイエナの群れは「クラン」と呼ばれ、ライオンの「プライド」に似た集団ですが規模が大きい。
通常は30頭ほどで、最大で90頭くらい。地上の肉食哺乳類では最大の群れです。このハイエナ社会を仕切っているのは優位のメスです。
優位のメスから生まれた娘は自動的に母親のすぐ下の地位になり、母親の下の地位のメスたちより上になるという、血縁が重視される社会です。
第二位のメスから生まれた娘は第二位に、第三位のメスから生まれた娘は第三位に…と序列が決まっています。一種の王朝を築いているんですね。悲しいかなオスはひとまとめにして一番下です。
オス化しているハイエナのメス
夏目:ハイエナのメスはオスより攻撃的で、「偽陰茎」を持っているんですよ。脚の間に陰茎にそっくりの器官があって。
――驚きました。オスとメスが見分けにくいそうですね。
夏目:ある動物園が、繁殖のために二頭のハイエナを飼っていたけれど、何年も経ってから両方ともメスだったことがわかったという話もあります。
――ハイエナが攻撃的なのは、ホルモンが影響しているという話があって興味深かったです。
夏目:誕生前の発達の過程で「アンドロゲン」というホルモンを大量に浴びることで、生まれつき攻撃性が高いそうです。メスがオスよりも攻撃性が高い原因はいくつか考えられるようですが、いずれにしても、個体の攻撃性が高いにもかかわらず集団の中で内輪もめがめったにないのはすごいところです。
著者のウォード博士は「ハイエナという動物は非常に強いのだが、その強さを制御する能力も驚くほど高い」と言っています。
獲物を横取りしているという誤解
――ハイエナといえば「横取り」のイメージがありますが、誤解なんでしょうか。
夏目:ハイエナは狩りがうまいですからね。チームで協力し合って獲物を仕留めます。むしろライオンに横取りされることが多いようです。
本書には「ライオンは自ら獲物を捕らえるハンターだが、ハイエナはその獲物を横取りするスカベンジャーだという見方は実のところまったく正しくない。ライオンがハイエナを仕留めた獲物を奪うケースの方が、その逆の二倍もあるからだ」とあります。
ライオンのほうが大きく、一対一で戦ったら勝ち目がないので、ライオンに獲物を横取りされたらおとなしく見ているしかありません。
ときどき隙を見て走り寄り、獲物の一部を奪い去るくらいです。
イヌに似ているがネコに近い
――本書にはハイエナが人間になついた例も書かれており、ほっこりしました。人間と一緒に旅をして、テントの中で一緒に寝ていたという話でした。
夏目:かわいく思えてきますね。ハイエナは見た目で損しているんじゃないかなぁ。意外と首が長くて、姿勢も悪く見えるんですよね。見た目はイヌに似ていますが、分類的に言うとイヌ科ではないんです。
「ネコ型亜目ハイエナ科」に分類されていて、どちらかというとネコです。動物の分類も変化してきています。昔は形態で分けていたけれど、いまはDNAの分析でいろいろわかるようになっているのでしょう。
動物進化の系統図を眺めるのも面白いですね。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」