潜入取材は、いつ正体が露見するかわからない――。これまでユニクロやAmazon、アメリカ大統領選などに潜入してきた横田増生氏の『潜入取材、全手法』は、まさにギリギリを攻める取材の裏側が描かれている。本稿では、『ルポ 超高級老人ホーム』などで数々の潜入取材を経験したノンフィクションライター・甚野博則氏と共に、“潜入取材の修羅場”を語り合ってもらう。(企画・構成:ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)

「あなた、記者ですよね?」潜入取材のプロが“身バレ”した、意外なきっかけとは?Photo: Adobe Stock

潜入取材は
“バレたら即退場”

――これまで東京オリンピックの選手村や高級老人ホームへ潜入取材をしてきた甚野さんからすると、『潜入取材、全手法』(2024年、角川新書)はどう読まれましたか。

甚野博則(以下、甚野):もちろんめちゃくちゃ面白くて、記者が読んでも「ああ、なるほどな」っていうのもあるし、ユニクロやAmazonに潜入した時の、「見つかるかもしれない」っていうヒヤヒヤ感みたいなものも見えるんですよ。

 もちろん『ユニクロ潜入一年』(2017年、文藝春秋)などを読めば詳しく書いてあるけど、ノウハウとしてじゃなくて、読み物として面白いなと思ったんですよね。

横田増生(以下、横田):ユニクロもAmazonも内部で働いてるんで、見つかったらおしまいですからね。いつ見つかるかっていうのは、常々抱える問題ですよね。

甚野:ただ読者の目線に立つと、そこが大きな山場な気がするんですよね。ユニクロでの潜入取材で、横田さんが店長に呼び出された場面から急に引き込まれていくというか。

横田:ユニクロでは、店長に2人で飲みに誘われたことがありました。「飲みに行きましょう」って言われた時は、『週刊文春』の担当編集者に「今店長からサシで飲みに行こうって言われてて、バレたかもしれん」って電話しました。でも、全然バレてなかった(笑)。

甚野:そのヒヤヒヤ感って、読者として潜入取材モノを読む面白さのひとつだなって思うんです。

駐車場利用で“身バレ”
シラを切ろうとするも……

――実際に潜入取材がバレたことってありますか。

横田:1回だけ、沖縄の県知事選に選挙ボランティアとして潜入した取材でバレたことがありました。自民党の候補者の事務所にボランティアとして潜入していたんだけれど、地元の人はみんな顔見知りで。だから僕だけ明らかに浮いてた。

 木曜から選挙活動が始まったのですが、木曜、金曜と手伝いに行って、土曜は他のボランティアが誰も来ないから元締めみたいな男性と僕しかいない。だから黙って気配を消して、できるだけ怪しまれないようにチラシを折っていました。

「明日も来るんですか」と聞かれたので、静かに「はい」って答えたんです。「ここに名前を書いてくれたら駐車場を使えるようにするから」って言われたので、名前と住所を書きました。そうしたら30分後ぐらいに、役職が書かれた名刺を持った人がやってきて「横田さんって、色々潜入されてるんですか」って。

――記名を断れず、その場でバレたんですね。

横田:「ユニクロとかAmazonとか潜入してますか」って聞かれて。「え、僕がしてますか、そんなこと」って、最初は忘れているふりをしました。もう相手も半笑いみたいな感じで(笑)。

 よく考えると、本土から来たような人が木曜も金曜も土曜も3日連続で来てたった1人でビラを折ってるっていったら、名前ぐらいは検索しますよね。しかも、「横田増生」って名前も珍しいからすぐにバレてしまいました。

 でも、もう逃げられないし仕方ない。その日は事務所が閉まるまで作業をして、次の日から行かなかった。この取材を始める前に住民票の住所を沖縄に移していたんですけどね。

 バレたあとも、執筆先の『週刊ポスト』が「帰ってくるな」みたいな感じだったので泣く泣く取材を続けました(笑)。

甚野:それを読んで思ったのが、「ここに住所を書いてください」って言われた時にスラスラって書けるものかなって。

横田:やっぱりスラスラは書けないので、暗記っていうか、いつも見れるところに住所を書いておきましたね。