老後の支出のメインは生活費です。1カ月の生活費はどのくらいになるか、具体的に想像して計算してみましょう。1人で収入全てを使える独身の方は、自分が1カ月いくらで暮らしているか、実はきちんと把握していない人も多いのです。現在の生活費を参考にして、老後はどのくらいで暮らせそうかを想像しながら計算します。

 さらに、老後の必要経費として、「医療・介護費用」「葬儀などのエンディング費用」「イベント費用」を計上します。「イベント費用」とは、老後を楽しむため娯楽費や、住宅のリフォーム代、車や大型家電の買い替え費用などまとまって出ていくお金をイメージしてください。医療・介護費用は、さまざまなケースがありますが、300万円程度は見込んでおきたいもの。エンディング費用は200~300万円、さらに、イベント費用は1000万円程度が目安になるでしょう。

 一方、老後の収入は基本的に年金です。ここで「ねんきん定期便」の数字を確認して収入を計算します。まず、50歳を境に「ねんきん定期便」に書かれている数字の意味合いが変わる点を認識しておきましょう。50歳以上になると、「ねんきん定期便」には、現在のまま60歳まで保険料を支払い続けた場合(会社員・公務員の場合は同じ収入で働いた場合)の、受け取る年金の見込額が書かれています。50歳未満では、将来納める年金保険料の分が加味されていないため、書かれている数字以上に年金額が増える可能性がありましたが、50歳以上では、実際に受け取る金額にかなり近い数字が記載されています。つまり、50歳になると、それまであいまいだった年金額が明確になり、良くも悪くも、老後の年金収入が計算しやすくなるのです。

 その他、老後まで使う予定のない現在の貯蓄、さらに、退職金、あれば個人年金や保険の満期金、株式などの金融資産があればそれをプラスします。

 この(1)支出の見込み額から(2)老後の収入を引いた差額が、これから準備すべき「老後資金」になります。

「老後資金」=(1)-(2)

 では、実際に仮定した金額を入れてイメージしてみましょう。

・老後の1カ月の生活費を24万円と想定
・医療・介護費用は300万円
・エンディング費用は300万円
・ねんきん定期便の見込み額=1カ月あたり17万円
・退職金、貯蓄、年金、株式等の金融資産の合計=2800万円

(1)老後の支出
=24万円×12カ月×30年+300万円+300万円+1000万円=1億240万円

(2)老後の収入
=17万円×12カ月30年+2800万円=8920万円

⇒今から準備すべき老後資金=(1)-(2)=約1300万円

 この計算をするときに「ねんきん定期便」で将来の年金額を改めて突きつけられて愕然とする人も多いでしょう。特に、独身は夫婦世帯と違い、1人分の年金しか入ってこないため、現役時代の月収との落差が大きくなりがちです。さらに、ハガキに記載された額面が振り込まれるわけではない点に注意が必要です。そこから所得税・住民税・健康保険料や介護保険料が天引きされるので、一般的に手取り額は額面から約10~15%引かれると想定してください。また、将来インフレが続くと、生活費の支出も増えるかもしれません。するとますます厳しい数字になりますが、この試算結果を直視しなければなりません。でも、ここで焦る必要はありません。アラフィフなら、そこを何とかできる時間がまだ十分にあります。

60歳までにやるべきこと【2】
試しに定年後の家計で暮らしてみる

 【1】で計算した結果、足りている人は問題ありませんが、足りない人はどうするか。

 独身が“老後破産”する最大の要因は、現役時代の金銭感覚のまま年金生活に突入してしまうこと、と言われます。そこで50代のうちに、まずは3カ月、【1】の老後資金の計算で想定した定年後の生活費で過ごす「シミュレーション生活」を実践することをおすすめします。実際に生活を変えてみるのです。

 ここで重要なのは、想定した生活費でやりくりする中で、ムダをあぶり出すこと。例えば、なんとなく継続している「サブスク代」、プランを見直していない「スマホ代」、つい利用している「服のクリーニング代」や「タクシー代」「カフェ代」などがあるでしょう。さらに、ムダよりもったいないのが、いつの間にかなくなっている「使途不明金」。これが独身の方には多くありがちです。無意識の中で消えているお金なので、使っているわりに満足度がなく、何の役にも立っていません。これを真っ先に小さくするべきです。逆に、自分の生きがいや趣味、好きなことに掛けるお金で「これだけは削れない」という聖域を明確にすることも、1人で生きる独身には不可欠な作業です。

60歳までにやるべきこと【3】
老後資金が足りない場合の対策を立てる

 定年後の家計で暮らしてみて、ムダを見直しても「やはり足りない」ということになったら、不足分を埋める方法を考えましょう。この手段は主に2つ。「お金を運用して増やす」と「働いて増やす」です。

 運用は、NISAやiDeCoをフル活用し、お金に働いてもらって少しでも増やす仕組みを作りましょう。 60代からの運用はどうしてもリスクを取りにくくなりますが、50代ならまだ現役で労働収入と時間があるので、リスクを取る余裕があります。特に、まとまった貯金があるのに、低金利の銀行口座に眠らせているだけの人は、ここからでも一部を投資に回してみましょう。その際に気をつけたいのは、一時期にまとめて投資しないこと。毎月などタイミングを分け、投資先も分散して積立投資するのがおすすめです。例えば50歳なら60歳までの10年間、あるいは、65歳までの15年間で毎月いくら積み立て、何%の運用をしたら、いくらに増えるのか、投資のシミュレーションをしてみましょう。10~15年運用できるなら、長期投資でじっくり増やせるので今から始めても遅すぎることは全くありません

 ただし、投資は不確実なものです。それだけに頼らず、長く働いて収入を増やす方法と2本立てで老後資金が足りない分をカバーすることを考えましょう。

 勤め先の制度が許すなら、定年後も今の会社で働き続けるのは現実的な選択肢です。50代ともなると、定年が見えてきて仕事のモチベーションが落ちることもあるかもしれませんが、そこは老後のためにひと踏ん張り。「定年後も職場に残って欲しい」と思われる存在になる努力をしたり、定年後に業務委託で働けるようなスキルを磨くなど、“居場所”を作っておきましょう。もちろん、会社を退職して、別の場所で働くという選択肢もあります。いずれにしても多くの場合、収入は現役時代と比較するとかなり下がることになるでしょう。それでも、例えば月10万円の収入が続くだけでも、10年間で老後の資産を1200万円底上げする効果があります。

60歳までにやるべきこと【4】
「最終的な住まい」の選択肢を考えておく

 老後最大の固定費は住居費です。ここをどうするかで必要な老後資産は大きく変わってきます。

 すでに持ち家がある方は、定年後に発生する固定資産税やリフォーム費用をざっくり見繕っておきましょう。

 賃貸の方にとって「家」は重大な問題です。50代のうちに最終的に自分がどこでどう暮らすか、自分が取れる選択肢を考えておくことがとても重要です。そのまま賃貸を続ける、あるいはマンションなど家を買うという選択肢がありますが、実家がある人は「実家に住む」という選択も加えてもいいでしょう。その場合、親の介護が必要になるかもしれません。それでも覚悟を決め、これを理由に「自分が最期まで面倒をみる代わりに、この家に住ませてほしい」と兄弟姉妹と話し合っておくのも一つの戦略です。ここで住居コストを抑えることができれば、必要な老後資産の総額は大きく圧縮されます。

 賃貸を続けるという場合、老後資金が不安なら家賃を抑える方法を50代のうちから模索しましょう。家賃の高い都市部から、家賃を抑えられる郊外に引っ越したり、リモートワークができる人はリタイアする前から地方に引っ越すのも現実的な選択です。そのとき、いきなり今の住まいを引き払うのでなく、民泊を活用したり、古民家を安く借りてみたりして、実際にその地方に住んでみるというのもいいでしょう。50代ならまだそれを見極める時間の余裕と体力があります。家賃を5万円安く抑えられれば、それが30年続くと仮定すると、1800万円もの差がつきます。

60歳までにやるべきこと【5】
努力して「人とのつながり」を積み上げる

 ここからは、一見お金に関係ないように見えて、実は老後の暮らしやお金に大きく影響する重要な2つの点を説明しましょう。

 ずっと忙しく働いてきた独身者は、社会とのつながりのメインが職場かもしれませんが、会社を辞めても属していけるコミュニティを今から複数作っていくことをおすすめします。会社を辞めたとたんに社会と分断されてしまうようでは、心身の健康リスクも高まります。何よりも、多くの人とつながることで、会話も増え、さまざまなおトクで有益な情報が入り、老後の人生が生きやすくなります。趣味でも、住んでいる地域でも、あるいは、学生時代の旧友と改めて親交を深めるのでもいいでしょう。新しい人間関係を構築するのはおっくうなものですが、だからこそ、気力も体力もある50代のうちにやっておくべきなのです。

 親族とのつながりを見直しておくことも大事です。子供がいない独身者にとっては、特に、兄弟姉妹や甥や姪は、自分の最期を託せる貴重な存在です。良い関係性を保つことはもちろん、お金を託す準備を考えはじめましょう。若い時に入った保険で、死亡保険金の受取人が親になったままという人もいると思いますが、それを兄弟姉妹に変更したり、さらに年をとった時には甥や姪に変更するなど、自分の最期を託す、といったことも準備しておくといいでしょう。その役目を果たしてもらえるよう、日ごろから甥や姪へのプレゼントやお小遣い作戦も有効かもしれません。自分が現役の収入があるうちのほうが大盤振る舞いもできます。

 また、医療保険やがん保険に入っている人も、本人が給付金を請求することが難しい状況や、意思能力がなくなったときに代わりに請求してもらう「指定代理請求人」が誰になっているかを確認しておきましょう。これも、兄弟姉妹、将来的には甥や姪を指定すると安心です。

 なお、死亡保険金の受取人は親族は2親等以内(兄弟姉妹が含まれる)、指定代理請求人は3親等以内(甥姪が含まれる)とする保険会社が一般的ですが、個別の事情を考慮してそれ以外の人を指定できる場合もあります。

 「最期を託す、なんて、定年後にゆっくり考えればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、こうした「手続き」も、歳とともにどんどん面倒になっていきます。50代のうちに着手しておきましょう。

60歳までにやるべきこと【6】
老後の最大の節約となる「健康」に投資する

 独身の老後において、健康は最大のコストカット戦略です。介護が必要になれば、独身は基本的に施設に入ることになります。早期に施設入居が必要になった場合、月額15~20万円以上のコストが何年も続くリスクがあります。健康寿命を5年延ばすだけで、20万円×60カ月=1200万円もの支出を回避できる計算です。【3】でお話しした、長く働いて老後の資産を1200万円底上げする対策も、健康な身体があってこそです。50代では、運動習慣をつけるために、ジム通いなどを始めてもいいでしょう。筋力維持は、将来の支出を削減し、収入を生む、ハイリスク・ハイリターンの金融商品を買うよりも確実な「最強の自己投資」になります。最後に挙げましたが、これが最も重要なポイントといっても過言ではありません。

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 6つのポイントを見てわかることは、まずは「現実の直視」が不可欠だということ。改めて老後の収入を直視し、現実の厳しさを感じたことで、不安を覚えた人も多いかもしれない。しかしそんな人に向けて、田辺さんは次の言葉で締めくくる。

「これを機に、今後のお金の使い方を変えたり、仕事や住まいを変えたりといったことも、独身だからこそ自分の意志で決めて、自由に変えられる、というメリットもあります。アラフィフはまだ時間がありますから、全て『まだ間に合う』と前向きに取り組んでいきましょう」

田辺南香さん田辺南香(たなべ・みか)●ファイナンシャル・プランナー(CFP®)・(株)プラチナ・コンシェルジュ代表取締役。大学卒業後、リクルートに入社。社内のITコンサルタントを経てFPへ転身。「心豊かな生活を実現するお金のコンシェルジュ」として、保険、住宅取得、老後資金等などのマネープランに関するアドバイス、執筆などを中心に活動中。シングルが安心して楽しく暮らすための情報サイト「おひとりさまスマイルCafe」を運営。主な著書に、「未来家計簿で簡単チェック!40代から間に合うマネープラン」(日本経済新聞出版社)、「38歳からの!女ひとり人生 お金&暮らしの不安が消える本」(KADOKAWA)、「独女の不安がスッキリ消えるお金の話」(インプレス)などがある。