2025年に社会に大きな衝撃を与えた「フジテレビ事件」とその「第三者委員会調査報告書」をきっかけに執筆された古賀史健氏の新刊、『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』。その内容を絶賛するジャーナリスト・浜田敬子氏の推薦により、独立型オンライン報道番組「ポリタスTV」で、編集長の津田大介氏を交えての鼎談が実現しました。今回から5回にわたり、そのダイジェスト版を記事として公開します。

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「なぜ『嫌われる勇気』の古賀さんがフジテレビ問題を!?」という驚き

津田大介(以下、津田) 今日の「ポリタスTV」は著者の方をお招きしてお送りする著者インタビュー回なんですけれども、私の隣には「報道ヨミトキWEEKLY」でいつもお世話になってる浜田敬子さんがいらっしゃいます。

浜田敬子(以下、浜田) よろしくお願いします。

津田 著者インタビュー回なのに、どうして浜田さんがいるのか。というのも今回ご紹介する本が、浜田さんから強くご推薦いただいた、古賀史健さんの『集団浅慮』なんですね。まだ発売されたばかりの一冊です。古賀さん、どうぞよろしくお願いします。

古賀史健(以下、古賀) はい、よろしくお願いします。

津田 まず、僕と古賀さんの接点からお話しすると、じつは古賀さんとは同じ1973年生まれで、同い年の物書きやミュージシャンが集まる「73会」という場で出会ったのが10年以上前だったと思います。当時の古賀さんはビジネス書のライターとして出版業界では売れっ子でしたけど、世間的には知る人ぞ知る職人のような存在でした。それが『嫌われる勇気』が大ベストセラーになって、あれよあれよという間に「73会」のトップリーダーになって。

古賀 いやいやいや(笑)。

浜田 私も今回、この本の帯に推薦文を書かせていただいたんです。「当代随一のビジネス書の書き手」だと。もう本当に、古賀さんが書いたものは面白いんですよ。

津田 そう。かっちりしたビジネス書をつくる技術がありながら、古賀さん自身の思いが溢れたエモいものまで書ける――そんな古賀さんがこの最新刊で選んだテーマはなにか。これは推薦者の浜田さんからご紹介いただけますか。

浜田 いわゆる「フジテレビ問題」ですよね。しかも中核にあるテーマは、集団浅慮とジェンダーダイバーシティ。私もダイバーシティ関連の講演をするとき、ダイバーシティのない組織には「グループシンク」と「経路依存症」が起こるという話をしているんですね。経路依存症というのは、過去の成功体験や慣習から抜け出せないこと。そしてグループシンクは、まさに今回の集団浅慮。

津田 なるほど。

浜田 それで、私の驚きから話してもいいですか。もともとフジテレビ第三者委員会の調査報告書が公表されたとき、古賀さんがその調査報告書をものすごく丹念に読み込んで、Facebookに感想を書き込まれていたんです。このときにね、私も10年以上前に古賀さんとは一緒にお仕事したことがあったんだけど、あの『嫌われる勇気』の古賀さんが、ジェンダーやダイバーシティといった問題にここまで強い関心を持たれていることが驚きだったんです。書き込まれた感想も、すごく的確なものだったので。それでどうしても古賀さんとじっくりお話したいと思って、別の番組ですけど「文藝春秋PLUS」にお願いして、このテーマで対談させてもらったんですよ。

古賀 はい。調査報告書の公表が3月31日で、対談したのが4月でした。

浜田 調査報告書に細い付箋がびっしりと貼られていたのがすごく印象に残っています。これほど読み込んでいらっしゃるのか、と。もちろん内容についてもすごく精緻に分析してらっしゃったので、その対談もすごく面白かったんですね。そしたら収録の後に古賀さんから「これを本にまとめるかどうかを迷ってる」と。

古賀 そうなんです。「この調査報告書をもとに本を書こうと思ってるんですけど、どう思います?」って聞いたら、ぜひやった方がいいと背中を押してもらえて。浜田さんがそう言うんだったら、やっぱり自分がやるべきじゃないかなと、踏ん切りがついた瞬間でしたね。

津田 へえー! じゃあ、この本が世に出た影の功労者は浜田さんってことで。

古賀 それは間違いないです。

ジェンダー平等やダイバーシティを「ビジネス書」として語る意義

浜田 長年ジェンダーやダイバーシティの問題に関わってきた私たちが発信すると、「もうわかってますよね」とか「ここは言うまでもない話だから」とカットする基本情報も多いんです。今回の本が画期的なのは、古賀さんが真っさらな頭で調査報告書を読み込んで、疑問に感じたことをひとつずつ膨大な文献に当たりながら言語化して、慎重に論を積み重ねて1冊のビジネス書にまとめている点だと思っています。

津田 しかも、ダイヤモンド社というビジネス系の出版社から刊行して。

浜田 そう。ダイバーシティや「働く×女性」をテーマにした本や、フェミニズムに関する本はすでにたくさんあるんです。私自身、『男性中心企業の終焉』(文春新書)という本を書いてきましたし。でもこうしたテーマを長く取材してきたジャーナリストや、アクティビスト、フェミニズムの研究者が書いた本だと届く範囲にも限界があるなと感じてきました。

津田 大型書店の3階で「社会学」や「ジェンダー」の棚に置かれてしまうんですよ。でも、古賀さんがこの形で書いてくれると、1階のビジネス書コーナーや話題の新刊コーナーに置かれる。これって、すごく大事なことなんですよね。

浜田 その点、津田さんの感想はいかがですか。

津田 そうですね、この本の「はじめに」でも触れられているんですけど、やっぱり今回のフジテレビ第三者委員会の調査報告書。これ、僕も読みましたけどものすごく分厚いし、内容的にも相当濃いものだったんですよね。読み始めたら止まらない、まさに歴史的な報告書で。

浜田 私も衝撃を受けました。古賀さんは「魂の調査報告書」だと書かれていましたよね。

古賀 はい。しかもこれ、調査が始まったのが2025年2月1日で、報告書の公表が3月31日だから実質2カ月弱でまとめ上げているんですよね。その短い期間でこれだけ膨大な調査を行って、問題を把握して、あるべき姿の提言までまとめ上げていくというのは、第三者委員会の方々によほどの責任感と使命感があってのことだな、と。きっと彼らを駆り立てたのは、これがフジテレビに限った問題ではなく、日本社会全体に横たわる問題で、あらゆる組織人に投げかけたいメッセージがあったんだと、本当に「魂」のようなものを感じたんですよ。

津田 そうですね。だから本当に筆圧が強めの、フジテレビだけじゃない、日本社会のみんなに届けっていうような気概を感じるような報告書でしたよね。

浜田 その「魂」が古賀さんの本にも乗り移っているんです。

正義を振りかざすことなく語られる「あるべき姿」

津田 まさに、調査報告書の筆圧はそのままに、弁護士的で若干わかりづらい文章を、自分の言葉に「翻訳」していく。そんなモチベーションで書かれた本ですよね。そしてやっぱり古賀さんは、「翻訳」が巧みなんですよ。この本の前半は、調査報告書の読み解きが中心になっています。そして調査報告書の中で「ん?」と思うようなところには、適切なツッコミと解説が入っていく。これだけで非常に可読性が高くなるんですが、読んでいて「さすが古賀さんだな」と思ったのが、いちいち例示がうまいんですよね。

浜田 例示、確かに。

津田 つまり、アーヴィング・ジャニスが唱えた「集団浅慮」の解説もそうだし、あるいは「黄金の3割」理論とか、セクハラの問題とか、性暴力の定義とか、たくさんの資料に当たりながら紹介するんだけど、それをフジテレビ問題や日本社会の現実に適切に当てはめながら紹介するんです。こういう例示って、理解を助けるものである一方、使い方を間違えると誤解を招くところもあるじゃないですか。そこを古賀さんは本当に考え抜いたうえで適切な例を示しながら解説していく。それはさすがだと思いましたね。

古賀 ありがとうございます。

津田 あと、この本は4章構成になっているんですけど、おそらく古賀さんが最も強く訴えたかったこと、そして悩み抜いて考え抜いて書き進めたことは第4章(あなたには「尊重される権利」がある)だと思うんですね。ある意味、この最終章にたどり着くためにそれまでの3章がある。フジテレビの調査報告書から始まった長い思考の旅によって導き出されたこの最終章は、もう古賀さんにしか書けないものだと思います。

浜田 古賀さん、いまの津田さんの感想についていかがですか?

古賀 まさに、自分がいちばん伝えたかったメッセージが最終章に集約されているというのはそのとおりです。あとは冒頭でお話があったように津田さんとは同級生なので、きっと「人権問題に自覚的な自分」と「人権問題に無自覚だった自分」が同居していて、そのあたりも当事者意識を持って読んでもらえたんじゃないかと思います。

津田 そうですよね、これは調査報告書もそうですけど、やっぱり自分ごととして「イテテテ」となる部分はありましたよね。

古賀 うん。だから僕は、決してフジテレビの経営陣に「正義の鉄槌」を下すみたいなことはできる立場でもないし、むしろ「フジテレビ的な自分」っていうのも確実にいたし、いまもいると思うんですよね。でも、そういう自分も含めて変わっていかなきゃいけないんだ、今回のフジテレビ問題を契機に変えていかなきゃいけないんだと思っている。だから「正義」を振りかざす立場から書かれた本でないことは、知っておいてほしいですね。

津田大介(つだ・だいすけ)
ポリタス編集長/ポリタスTVキャスター。メディアとジャーナリズム、テクノロジーと社会、表現の自由とネット上の人権侵害、地域課題解決と行政の文化事業、著作権とコンテンツビジネスなどを専門分野として執筆・取材活動を行う。著書多数。
浜田敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト。前Business Insider Japan統括編集長。元アエラ編集長。著書に『男性中心企業の終焉』など。「羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」でコメンテーターも務める。