経営者よ、デザインディレクターたれ!

――日本企業の意識はどうでしょうか。

太刀川 日本企業でも、例えばトヨタのような企業は、当然のこととしてデザインに力を入れています。「文化だから」ではなく、世界で勝つために不可欠だからです。近年になって「デザイン思考」がバズワードになり、イノベーションのためのデザインが盛んに語られるようになりましたが、見据えるべき本質は「社会に大きな影響を及ぼすものづくりにはデザインが不可欠」ということだと思います。

――日本企業の意識としてその点が損なわれているということでしょうか。

太刀川 競争優位を生み出すために、経営者もデザインを理解する必要があると思います。むしろ、エグゼクティブこそデザインを学ばなくちゃいけない。すてきなものは売れるし、社会を変えることにつながる。すてきなものを開発するには、すてきさとは何かを知らなくちゃいけない。デザインセンスは、デザイナーを雇用・発注・指示する経営者こそが持つべき一般教養です。

 アジアのデザインがどんどん洗練されていっているのも、世界中の一流のものを見て、体験し、楽しむ経営者が増えているからではないでしょうか。行動の制約がどんどん大きくなっている日本の経営層と、見ている景色がずいぶん違う可能性があります。

 世界各地のホテルに宿泊すると、同じ系列のホテルでも日本よりプノンペンやホーチミンの方がずっとラグジュアリーで洗練されている――ということがよくあります。デザイン力の差というより、経営者の意思決定の差ではないかと思います。

――確かに、日本の経営者にはデザインに苦手意識を持つ人が多いように思います。

太刀川 ところが、昔はそうじゃなかった。85年に『企業トップのデザイン観』という本が出版されています。デザイナーの浜野安宏氏を聞き手に、ソニーの大賀典雄社長、サントリーの佐治敬三社長、ダイエーの中内㓛社長、松下電器産業の松下正治社長など(社名・肩書は当時)、日本を代表する経営者が自らのデザイン観を堂々と語る本です。その喜々とした話しぶりから、当時の企業トップがいかにデザインを大事にしていたかが伝わってきます。

 翻って現在では、多くの経営者が「デザインなんて分からない」と言って沈黙してしまう。謙虚というより不勉強です。経営者に高い美意識があれば、社内にデザイナーがいなくてもデザインを良くする手段はいくらでもあります。しかし、そもそもの視座が低いままではどうしようもない。

 今も昔も、デザインの主体は経営者です。デザインディレクターたり得る経営者が、今、求められている。それは、デザインの専門知識を身に付けることではなく、「美意識を持って意思決定する責任」を引き受けることなのだと思います。

日本経済が再興できない本当の理由とは?高度成長を支えた政治家や経営者が持っていた「デザイン観」を今こそ取り戻せEISUKE TACHIKAWA
NOSIGNER代表/世界デザイン機構理事/公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会前理事長/慶應義塾大学大学院特任教授/金沢美術工芸大学名誉客員教授 プロダクト・グラフィック・空間などの分野を横断するデザイン戦略家。気候変動への適応・再生エネルギー・防災・資源循環・地域活性化など、未来に直結する課題に取り組み、国内外で150以上のデザイン賞を受賞。防災計画「東京防災」、オープンデザイン「OLIVE」、都市デザインフレームワーク「ADAPTMENT」などを創出。2025年大阪・関西万博日本館基本構想クリエイター、DFAA(Design for Asia Awards)、WAF(World Architecture Festival)、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任する。著書の『進化思考』(海士の風、21年)は生物学者・経済学者らが選ぶ日本を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。他に『デザインと革新』(パイ インターナショナル、16年)がある。