地元の住民や自治体が嫌がっているにもかかわらず、騒音と恐怖を生じさせる低空飛行でやって来て、ラーメンやピザを食べに行くようなことが当たり前の日常になっていることに、わたしは違和感を覚えるのだ。

 こうした日常をつくり出している根源に、赤坂プレスセンターの存在がある。

 センターは終戦直後に米軍が接収した土地にあり、米軍は度重なる返還要求を拒み続けている。日本の首都のど真ん中にあるこの土地は、本来ならとうの昔に返還されていてもおかしくない。

『首都圏は米軍の「訓練場」』書影『首都圏は米軍の「訓練場」』(毎日新聞取材班、大場弘行、藤原書店)

 ヘリのクルーたちは数年単位の異動で入れ替わるというから、長年受け継がれてきたこうした日常に疑問を感じることもないだろう。センターがある歴史的経緯も知らないかもしれない。その意味で、個々の米兵たちを責めることはできない。

 ひるがえって日本側を見ると、戦後から80年という長い年月の中で、センターが接収された土地にあるという経緯どころか存在自体を知らない世代も増えている。

 あるいは、政府やメディアに「日米同盟は日本の外交、安全保障の基軸」などと繰り返されるうちに、接収の歴史もセンターの存在もなんとなく受け入れ、違和感すら覚えなくなっているのではないか。

 取材を通じて米軍の実態に触れる前のわたしがまさにそうだった。このことはセンターに限らず、全国各地の米軍基地についても同じことが言えるだろう。