失敗の重要性に気付けない原因には「流暢性バイアス」も関係しています。ものごとには様々な側面があり、例えばあるカードが強い状況だけを選んで「そのカードが強い理由」を説明することができると同時に、同じように「弱い理由」も説明できるものです。

 本当の「強い理由」は「強い側面」と「弱い側面」の比較によって説明されるべきですが、「○○だから強い!」という単純な説明には妙に説得力を感じてしまうのが人間です。情報が流暢で頭に入ってきやすいほど、その情報を真実だと感じやすくなります。

 結果が出た後に、それがあたかも当然のように説明されると、まるで簡単なことのように思えてきます。

思い込みの「できる」が
前進を妨げてしまう

 まるで自分もはじめからそう思っていたかのように錯覚してしまうことすらあります。実際には、結果がわかってから「あのときこうすればよかった」と言っても仕方ありません。思っているほど簡単なことでないからこそ間違えたのではないでしょうか。

 当時の状況では、限られた情報と時間の中で最善と思われる判断をしたはずです。だからこそ、本当に振り返るべきなのは「ああすれば良かった」ではなく、「どうしてそうできなかったのか?」なのです。

 また、カードゲームには、そもそもただ1つの正解が存在していないケースもあります。前章で説明したじゃんけんのような状況では、ただ1つの「最適解」が存在しない場合があります。メタゲームのように他人の判断の集合から「最善の判断」が何であるか決まる側面もあります。

 しかし、結果が出てから、それがまるで必然的にそうなったかのような説明をつけることはいくらでもできます。優勝したデッキはどのように強いか、環境でいかに立ち位置がよかったか、というように。自分の失敗に気づかないことも問題ですが、このようにできもしないことをできることだと解釈してしまうこともまた、前進の妨げです。