なかなかいえない言葉ですが、生きていてよかったという意味の言葉をかけたいのです。

 あなたと1日一緒に過ごせて嬉しかったというような言葉を1日の最後にかけてみる。何かを成し遂げたから相手に価値があるわけではなく、相手が生きていることがそのまま価値があると思えるような言葉をかけてください。

 そういうふうに他の人が生きていることに価値があると思えたら、自分についても同じように思えるはずなのです。

 これは順序が逆かもしれないですね。自分が生きていることが他の人の迷惑になる、私はもはや他の人に迷惑しかかけていないのではないか。そう思うのではなく、自分がこうして生きていることに価値があると思えるから他の人についてもそう思えると考えた方がいいのかもしれません。

 例えば、親は年を重ねると、家族に迷惑をかけているのではないかと思ってしまうことがあります。でも、そういう時に、お父さんお母さんが生きていることが私たちにとっては喜びだという意味の言葉をかけてほしいと思うのです。

 自分自身が他の人の迷惑になると考えている人がいたとしたら、その人は他の人を信頼しきれていないのかもしれません。

 これは少し言い過ぎに聞こえるかもしれません。でも、もっと他の人を信頼していいと思います。自分が生きることを望んでいない人はいない。そう思ってほしいのです。

駄々をこねる子どもにも
冷静に言葉で伝える

 言葉を大事にするというのも、非常に大きなポイントです。私たちはあまり言葉を重視しないのです。

 例えば、子どもが何かしてほしいこと、何かしてほしくないことがあった時に泣き叫びます。そういうことを親は否定しません。泣いたり叫んだりイライラしたり、不機嫌になる以外の方法で親に、あるいは周りの人にしてほしいこととしてほしくないことを伝える方法があるということを、親は教えてくれません。

 何かしてほしい時は言葉を使えばいいのです。これは大人もできていないかもしれません。