がんの疑いで入院し、わずか16日。現実とは到底思えない夫の死。だけど、死後の手続きで区役所に行き、住民票を見た瞬間、薫さんは「あー」と声を上げてしまった。夫の名前の欄に、大きなバッテンがついていた。窓口で泣いて動けなくなった。

気丈に振る舞ってみせるも
心ない言葉に傷つく毎日

「元気に走っていた作原さんがどうして?」
「そんなに悪くなるまで、なぜ気づかなかったんですか」

 悪気はないのだろうが、まわりの言葉に傷ついた。誰よりも自分がそう思い、自らを責めていたのだから。

 暗闇にうずくまるようだった。でも、日常は過ぎていく。息子の食事を用意しなくちゃ。町内会の役員がまわってくる。何か動き出さないと。

 年が明け、終活の通信講座を受けた。ネットで「グリーフケア」という言葉を知り、一日講座に行った。死別の悲しみのプロセスを知り、泣きたいときは思い切り泣いたらいい。そんなことを学んだ。

 ひとりになると泣いた。夫の好きだったサザンオールスターズの「TSUNAMI」をピアノで弾き、泣いた。動画で玉置浩二の「しあわせのランプ」を聞いて、泣いた。そうだよ、幸せになるために生まれてきたんだよね……。

 弔問の知人たちには明るくふるまった。「思ったよりお元気そうですね」と言われた。本当は「夫が死んだばかりでつらいんです」と書いたゼッケンをつけて歩きたいほどだった。

 県職員の夫とは1995年、見合い結婚だ。薫さんは音楽大学を出て、ピアノの個人レッスンをしていた。夫は穏やかで怒鳴ることなんかない人。口げんかをしたこともなかった。それに子煩悩だった。息子と恐竜博に行ったり、棋士に会える将棋イベントに参加したりした。

 夫によく似て無口な息子は大学院に進み、2021年春に社会人になった。父について話すことはほとんどない。ただ、日曜に家族で夕飯を食べながらつけていた、テレビ番組は見なくなった。「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」。息子はチャンネルを替える。