会話に割り込むかのように
遺品の腕時計が鳴った
夫は、大学時代に入っていた登山・キャンプのクラブの友だちから、「カントク」と呼ばれた。プロ野球の広岡達朗元監督に似ているといって。
「走るのが速くない仲間にも、カントクは優しかったなあ」。そんな話を聞くと、夫の別の顔に会えてうれしい。10足近くあるランニングシューズは捨てられない。
ある時、夫が好きだった北海道の風景がテレビに映った。「パパ、行ったことあるかな」と息子と話していたら、「ピッ」。夫の腕時計が答えるように鳴った。走る時にいつも着けていた。1時間ごとに鳴る。
あ、パパの合図だ。「行ったことあるよって言ってるね」。こんなふうに、絶妙のタイミングで時計が鳴ることが重なった。何十回も。
姿は見えなくても、いつもいっしょにいるんだ――。
そう思うようになった。
歩いて5分の寺にお墓がある。墓石の名前の下に「走」と刻んだ。当初は朝晩、お参りした。でも、いまはそんなに通わなくても寂しくない。
年賀状には毎年、夫の元気なころの写真を載せている。「圭介は天国生活4年目です」などと、亡くなったことを説明しながら。
もうすぐ5年。あんなに急に逝ってしまったのは、長い時間苦しむ姿を家族に見せたくなかったのだろう。思いやりだったのでは。このごろ、考える。
「買い物行かなきゃいけないけど気分がのらないなあ」。ある日、つぶやいた。
「ピッ」。時計が鳴った。「疲れているだろうから、きょうは怠けていいよ」。こう答えてくれた気がする。
突然ついたテレビは
亡き夫からのメッセージ?
毎日きまって夕方5時43分だった。ガッチャンと豪快に玄関の扉が開き、「ただいま~」と大きな声がする。
阿南亜由美さん(39)はたいがい夕飯を作っていた。「いいにおい。何かな」。帰る早々夫は台所に来て、背中から抱きしめてくれた。
いまは、夕刻に台所に立てない。5時43分が過ぎても「ただいま」が聞こえないから。







