構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。

先輩から「生成AI時代にMBAは不要だ」と言われ、キャリアの選択に迷っていますPhoto: Adobe Stock

生成AI時代にMBAは「不要」なのか?

――「生成AIがある時代に、MBAに行く意味はない」と言われた、という相談がありました。この意見について、どう考えますか?

 20代後半から30代前半でキャリアの選択に迷っている人にとって、この悩みは決して他人事ではありません。

 まず整理すべきなのは、「MBAは何のためのものなのか」という前提です。

 もしMBAを、知識をインプットする場だと捉えているのであれば、その価値は相対的に下がっていると言えるでしょう。ファイナンスや戦略、マーケティングの知識は、書籍やオンライン講座、生成AIを活用すれば、かなりのレベルまで独学で身につけることができます。

 しかし、MBAの本質はそこにはありません。

 MBAとは本来、意思決定の訓練の場です。MBAのケーススタディでは、正解が用意されていない状況で、限られた情報をもとに「今、どの選択をするか」を問い続けられます。限られた情報の中で何を重要と見なし、どう判断するのか。

 その判断のプロセスを、異なる背景を持つ人たちとの議論を通じて磨いていく。この経験は、生成AIでは代替できません。

――知識ではなく、判断力を磨くことに意味がある、ということでしょうか?

 その通りです。生成AIが高度化するほど、人間に残される役割は「問いを立てること」と「最終的に決めること」に集約されていきます。

 そこで問われるのは、知識の量ではありません。どの論点を切り出すのか。何を前提に置き、何を捨てるのか。判断の質そのものです。

 その観点から見ても、MBAは今後も一定の役割を持ち続けると考えています。

生成AIが広げるのは「思考の幅」である

――生成AIがあれば、専門知識はAIに任せればよい、という考え方もありますよね。

 確かにその通りです。特定分野を深く掘り下げる作業は、今後ますます生成AIや専門家に委ねられていくでしょう。

 ただし、ここで重要なのは「どこを深掘りするか」を見極める力です。視野が限られていれば、そもそも掘るべき場所を選ぶことができません。

 生成AIは、思考そのものを代替する存在ではありません。大量の選択肢や材料を提示し、検討の幅を広げるための道具です。その中から何を重要だと捉え、どこに力を集中させるのかを決めるのは、人間の役割です。

 MBAでは、一つの専門を極めるというよりも、戦略、ファイナンス、組織、人材といった異なる領域を横断的に学びます。

 こうして全体像を捉える視野を養いながら、「何を問い、どこから考えるか」を繰り返し鍛えていく。その積み重ねによって、生成AIを使う際にも、的外れではない問いを立て、意味のある示唆を引き出すことができるようになります。

――しかし、広く学ぶことは、一つ一つが浅くなるリスクもありますよね。

 その懸念はもっともです。ただし、生成AI時代においては、「自分がすべてを深く理解している必要」はありません。重要なのは、全体像を理解したうえで、どこを自分で判断し、どこを生成AIや専門家に委ねるのかを決められることです。

 MBAは、そのための思考の地図を与えてくれます。生成AIは、その地図の中で、必要な箇所を掘り下げるための強力な道具だと考えると分かりやすいでしょう。

「良い問い」は多様性の中からしか生まれない

――生成AI時代には「問いを立てる力」が重要とのことですが、それはどうすれば鍛えられるのでしょうか?

 一つの答えは、多様性のある環境に身を置くことです。

 海外MBAでは、国籍や文化、職業経験が大きく異なる人たちが、同じテーマについて議論します。同じ事象を見ていても、前提や関心はまったく異なります。そのズレに触れることで、自分の思考の癖や限界が浮き彫りになります。

 同じ業界、同じ会社、同じ価値観の中に身を置いている限り、問いはなかなか更新されません。

――多様な経験や視点が、どのように「問い」を生み出すのでしょうか?

 イノベーションの多くは、まったく新しい発明というよりも、既存の要素の新しい組み合わせです。

 新しい組み合わせを生み出すためには、素材が必要です。多様な経験や視点に触れることは、問いを生み出すための材料を増やす行為だと言えます。MBAは、その環境を意図的に設計している点に価値があります。

生成AI時代に本当に身につけるべき力

――MBAには行く意味があると言えそうですね。ただ、MBAは高額で、誰もが行けるわけではありません。

 そうですね。海外のフルタイムMBAは、時間的にも金銭的にも大きな投資になります。

 重要なのは、「MBAに行くかどうか」ではありません。本質は、MBAで行われている学びの構造を、自分のキャリアの中でどう取り入れるかです。

 実践のポイントは、二つあります。

 一つ目は、一つの専門や業界に閉じないこと。意識的に異なる分野に触れ、自分の思考の枠を広げ必要があります。

 二つ目は、多様な人と意図的に交わることです。同質な人間関係の中では、新たな問いは生まれにくいものです。社外や異業種の人との対話が鍵になります。

 MBAは、この二つを短期間で集中的に実現する装置だと捉えるとよいでしょう。

――最後に、生成AI時代に最も重要になる能力は何でしょうか?

 私は三つあると考えています。

 一つ目は、基礎的な一般教養です。これは、生成AIを使いこなすための前提条件になります。

 二つ目は、現場で培われる一般常識です。失敗や修羅場を通じてしか身につかないこの判断感覚は、今後も人間に残り続けます。

 そして三つ目が、言語化能力です。生成AIと対話するにも、人を動かすにも、自分の考えを精緻に言葉にできなければなりません。思考の細かさは、使える言葉の解像度に比例します。

 言語化が弱ければ、問いも浅くなり、生成AIから引き出せる答えも限定されます。プロンプトの書き方以前に、「自分は何を考えているのか」を言葉にできるかどうかが重要です。

 これらに気づいているかどうかで、生成AI時代のキャリアは大きく分かれていくはずです。

――大変参考になりました。ありがとうございました。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。