Photo:SANKEI
1月16日(金)より東京・109シネマズ プレミアム新宿ほかで全国公開中のドキュメンタリー映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版。映画『戦場のメリークリスマス』が世界各地で公開され、海外でも知られるようになった1984年、32歳の坂本龍一の活動を記録した“幻のドキュメンタリー作品”だ。日本では第1回東京国際映画祭(1985年)での上映から、約40年ぶりの公開となる。エリザベス・レナード監督に、当時と現在の社会状況を織り交ぜながら話を聞いた。(聞き手/曽根己晌圭)
『戦場のメリークリスマス』を見て
作品を作りたいとの思いが湧いた
――坂本さんは地雷撤去活動、脱原発運動、911同時多発テロを受けての非戦活動、森林保護団体「モア・トゥリーズ」創設、東日本大震災で被災した子どもたちを集めた「東北ユースオーケストラ」結団など、芸術活動と社会運動の両面に深く関わってきました。活動のベクトルはまったく異なりますが、社会への関心の強さと積極的な行動力は、彼が少年の頃愛聴していたビートルズのジョン・レノンを連想さえしてしまいます。そこでお聞きしたいのですが、1984年当時なぜ坂本さんを取り上げようと思ったのでしょうか。また、YMOの3人の中で、なぜ坂本さんに注目したのでしょうか。
1970年代、私は写真家として男性のポートレートを撮っていました。「男性が女性の裸を撮る」ことは普通でしたが、私のように「女性が男性の裸を撮る」ことが当時はとても珍しく、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の担当教授もあまり認めてくれず、退学になってしまいました。
坂本さんを初めて見たのは、1983年のカンヌ映画祭に出品された『戦場のメリークリスマス』でした。スクリーンに映る彼はハンサムでセクシーでもあり、彼が手がけた音楽も素晴らしいものでした。
このドキュメンタリーを撮る前に、ピアニストのカティアとマリエル(ラベック姉妹)のドキュメンタリーを撮っていたので、とても音楽に関心があり、再び音楽家を撮りたいという思いがありました。そのタイミングで『戦場のメリークリスマス』を見て、彼の作品を作りたいという思いが湧いてきました。







