坂本龍一が撮影場所として
ひとつだけ挙げた場所

――話題性に富んだ一方、作品としては物足りないと評価されることも多い映画『戦場のメリークリスマス』ですが、大島渚には当時どのような印象を持っていましたか。

 1976年のカンヌ映画祭の監督週間に『愛のコリーダ』が出品された際、彼のポートレートを撮影することができました。その後、大島さんが『戦場のメリークリスマス』の原作となる『影の獄にて』の著者、ローレンス・ヴァン・デル・ポストさんを称えるパーティーを日本で主催しました。そこに私も出席し、大島さんとの再会に至りました。

 フランスの言葉で「フライング・ソーサー(空飛ぶ円盤、UFO)」と呼ぶのですが、大島さんは独自の道を歩み、ユニークな作品を作る作家なので、評価が分かれるのは仕方がないとは思いますが、私は彼を天才的な監督だと認識しています。

――本編では、当時も現在も日本にとって非常にシンボリックな渋谷駅周辺や、東京近郊に建設された団地が映し出されています。2026年の現在、渋谷駅周辺は過剰なまでのスクラップ・アンド・ ビルドな再開発により変貌し、当時の面影はほとんど残っていません。東京に点在する団地も住民の高齢化が進み、一部では荒廃が進みつつあります。経済・政治・文化の面で、日本は1984年当時と比較し大きく後退していると思うのですが、当時と現在の日本にどのような印象を持っていますか。

 坂本さんに撮影したい場所を伺った際、彼はただひとつだけ、「団地」を挙げました。自殺者が多発していることに関心があったようで、その団地を紹介してくれました。なお、渋谷駅・新宿アルタ・竹の子族が集まる原宿などその他のロケ地選びは、スーパーバイジング・プロデューサーのキキ・三宅さんにコーディネートしてもらいました。

 2025年10月に日本を再訪しました。数日間だけだったので、当時のロケ地には行けず、何とも言えないのですが、東京はとても大きな変化を遂げていると感じました。そういった変化はニューヨークも同じです。ただし、パリの中心街は景観の維持を重んじており、例外的な都市と言えます。

 一方、フランスも団地に住む人の高齢化が進み、建物自体も古くなっています。日本だけの現象ではありません。

――作品の中で坂本さんは、「日本は文化に対する飢餓感を持っている」「テクノロジーのほころびやエラーから何かが生まれる」と発言していました。この発言についてどう感じていましたか。また、現在はテクノロジーがさらに進化し、ほころびやエラーは発生しにくくなりました。世の中は便利になったはずなのに、閉塞(へいそく)感が蔓延し息苦しい社会になったように思うのですが、いかがでしょう。

 かつてのフィギュラティヴ・アート(具象芸術)やアブストラクト・アート(抽象芸術)は、当時から一周回ってしまったような気がします。今、アートに決まった法則はなく、法則に縛られることなく自由に何でも描けるようになりましたが、ここからどこに向かうのか、なかなか見えていないように感じます。

 今、インターネットでどんな情報にもアクセスでき、いろんな情報が手に入る。そして、その量はちょっと多すぎるのかもしれない。コロナとそれによるロックダウンという時期を経て、ここからどこに向かうのか、私も予想はできないのですが、その閉塞感というものは理解できます。

――最後になりますが、改めて坂本龍一さんへの思いをお聞かせください。

 本当に若くして亡くなり、残念で仕方がないです。とても好奇心の旺盛な人で、常に何かを創造していましたし、実験的で、何事にもトライする精神を持つアーティストでした。

 また、あれだけ有名になり、さまざまな人からさまざまなものを求められていた存在だったので、それは大変だったのではないでしょうか。それにしても、とにかく残念です。

Elizabeth Lennard
1953年、米・ニューヨーク州生まれ、パリ在住。写真家、映像作家、芸術家。1970年代より白黒写真に手を加える独自の表現を開始。2002 年、オペラ『Accents in Alsace & For the Country Entirely』(共同制作)。2011年、ドキュメンタリー『The Stein Family, the Making of Modern Art』。2015年、ライブ映像パフォーマンス『E-1027,Design for Living / Eileen Gray & Jean Badovici』など。2023年、自伝的長編映画『Rosl’s Suitcase』を人権映画祭「This Human World」でワールドプレミア上映。