暴落? 命までは取られへん…戦争を知る89歳トレーダーの言葉が重すぎる
テレビ・ネットで「日本のウォーレン・バフェット」と話題! 1936年(昭和11年)、兵庫県の貧しい農家に4人兄弟の末っ子として生まれた。高校を出してもらってから、ペットショップに就職。そこでお客だった証券会社の役員と株の話をするようになったことがきっかけで、19歳のとき、4つの銘柄を買ったのが株式投資の始まりだった。バブル崩壊では10億円あった資産が2億円にまで激減。しかしあれから70年、89歳になった今、資産は25億円以上に増え(2026年2月時点)、月6億円を売買しながら、デイトレーダーとして日々相場に挑んでいる。隠しごとなしに日常生活から投資法まで全部書いた話題の書『87歳、現役トレーダー シゲルさんの教え 資産18億円を築いた「投資術」』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものをお送りする。資産25億円に増えた今刊行した“小説形式”だからスラスラ読めて、プロの儲かる知識がドンドンわかる待望の続編は、『89歳、現役トレーダー 大富豪シゲルさんの教え』(ダイヤモンド社)。

【投資歴70年・資産25億円】「勝つ」より「死なない」こと…89歳の現役トレーダーが教える株式投資の“生存戦略”写真:川瀬典子

戸籍さえ書き換えた、親心とおおらかな時代

私、藤本茂は1936年4月2日、兵庫県印南郡阿弥陀村(現・高砂市阿弥陀町)に4人きょうだいの末っ子として生まれました。

実を言うと3月28日生まれなのですが、「早生まれは不利」ということで、戸籍上は4月2日生まれになっています。昔は、そんなことができたんですね。

愛された記憶だけを残して、みんな逝ってしまった

一番上が9歳上の姉、次に6歳上の兄、その次が3歳上の姉、そして私というきょうだいです。きょうだい同士が面倒を見ることは当たり前の時代でしたが、とくに一番上の姉は9歳離れていることもあり、私をよくかわいがってくれました。もうみんなこの世を去ってしまい、残されたのは私1人になってしまいましたが……。

1936年といえば、二・二六事件が起こった年です。その3年後に第二次世界大戦が始まり、9歳のときに終戦を迎えました。

【解説】暴落さえも「歴史のひとコマ」と捉える俯瞰力

1936年生まれのシゲルさんは、二・二六事件や第二次世界大戦といった、国家の存亡に関わるような歴史的転換点を肌で感じてきました。現代の私たちは、日経平均株価の数百円、数千円の動きに一喜一憂し、パニックになりがちです。しかし、戦争や戦後の混乱期を知るシゲルさんの視点からすれば、相場の暴落でお金が減ることはあっても、命まで取られるわけではありません。

「歴史は繰り返す」と言いますが、長期的な視点を持てば、今の苦しい相場も長い歴史のほんの一瞬に過ぎないと気づけます。この「歴史的な俯瞰力(ふかんりょく)」を持つことこそが、目先の恐怖に打ち勝ち、冷静な判断を下すための最大の武器になるのです。

「退場しない」という最強の生存戦略

きょうだいの中でただ一人、シゲルさんだけが今も現役で、相場を張っています。ここから学べるのは、投資において最も重要なのは「爆発的に勝つこと」ではなく「市場から退場せず、生き残り続けること」だという真理です。

多くの投資家が短期間で資産を倍にしようと無理をして散っていく中で、シゲルさんは時間を味方につけ、長く相場に居座ることで資産25億円を築きました。健康を維持し、資金管理を徹底して、明日も明後日も相場の世界に立ち続ける。この「継続する力」こそが、どんな高度なテクニックよりも確実な、資産形成の王道なのです。

孤独を愛し、自己責任で戦う覚悟

きょうだいが旅立ち、一人残された寂しさは想像に難くありません。しかし、デイトレーダーという職業もまた、本質的には孤独なものです。頼れるのは自分の判断だけであり、結果のすべてを一人で受け止めなければなりません。

シゲルさんの生き様は、その孤独すらも受け入れ、相場という終わりのない知的ゲームをパートナーとして、人生を豊かに過ごせることを教えてくれています。投資を志す私たちもまた、群れることなく、己の頭で考え抜く「孤高の強さ」を身につける必要があるのかもしれません。

※本稿は、『87歳、現役トレーダー シゲルさんの教え 資産18億円を築いた「投資術」』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。