目標水準、つまり、これを越えたら「増え過ぎ」という基準は人間の都合によって決まります。「シカ個体群の崩壊」のように自分の生息地を壊してしまう「増え過ぎ」もありますが、ほとんどの場合は人間の生活に影響が出始めると「増え過ぎ」と見なされます。
ですから、住んでいる場所や仕事の内容によって「増え過ぎ」の感覚が異なります。畑を荒らされた農家の方は「増え過ぎ」に敏感でしょう。
でも、すぐ近くで民宿を営んでいる方は、シカがいるとお客さんが喜ぶので、増加を歓迎しているかもしれません。都会の人たちは自分たちの生活への影響が少ないので、野生動物の増加に寛容な気がします。理想的には、様々な立場の意見を交換し合いながら、目標水準を決めていく枠組みが必要です。
近年の人口減少により
野生動物との関係が変化
ところが、今、目標水準についての議論はあまり進んでいません。それは、目標水準を達成できる見通しがたたないからです。エゾシカでは、減少させるために必要な数を捕獲するのが難しくなっています。その原因にはいくつもあるのですが、ヒトの力が弱まっている、つまり、人口の減少が深く関わっています。
人口の減少はヒトと野生動物の関係を大きく変えようとしています。日本学術会議は「人口縮小社会における野生動物管理のあり方」を発表して、高齢化・人口減少が目立つ地域では、野生動物管理の担い手の養成が不可欠だと訴えています。
クマ個体群を巡る現状は本当に危機的です。2015年の論文では、捕獲されたツキノワグマの数が2000頭を超えた年を大量発生とし、2004年からの11年間に5回の大量発生があったと報告されていますが(注2)、2016年以降は毎年この目安を越えています。
少し前の「大量発生」が「普通のこと」になってしまいました。2023年は過疎化が進む各地が記録的なクマの被害に見舞われました。
各道県のクマによる人身被害と人口減少の関係をグラフにすると過疎化の影響がよくわかります。グラフからは、過疎化が進むと人身被害が起きやすいことが見て取れます。
『動物たちの「増え過ぎ」と絶滅を科学する』(齊藤 隆、ミネルヴァ書房)
ヒトは、今、人新世にいます。日本の私たちは、日本学術会議が指摘するように、これまでの数百年とは違った時代に入り始めています。ヒトと自然の力のバランスをどのように取っていくのか、私たちは世界の最前線にいるのかもしれません。
(注2)小坂井千夏・近藤麻実・有本勲・伊藤哲治・後藤優介・中下留美子・中村幸子・間野勉(2015)「クマ類の保護管理の経緯と法制度」『哺乳類科学』55:219-239。







