長男の秀吉が流浪の日々を送っている以上、秀長こそが貴重な男手として、母や妹たちの生活を支えていかなければならない。家族を支えるために、ひたすら農作業に精を出す。秀長にとっては、それこそが自分の人生だった。

 だが、兄の秀吉が織田信長に仕えたことで、秀長の運命は一変することになる。

「弟よ、侍になって儂(わし)のもとで働いてはくれぬか?」

 兄からの突然の誘いに秀長は大いに戸惑ったことだろう。母や姉、妹を置いて出ていけなかったし、侍になって戦場を駆け回る自分の姿など、とても想像できなかった。

 しかし、秀吉には、弟を説得しなければならない事情があった。

兄からの熱烈なスカウトに
「自分に武士はつとまらない」

 秀吉は1554年、17歳のとき織田信長に仕え始めた。その6年後の1560年に「桶狭間の戦い」が勃発。信長の名は全国に知られるように。

 それまでは、「小者」と呼ばれる雑用奉公人として仕えていた秀吉も、足軽へと昇進。さらに2年後の1562年、信長と徳川家康が清洲同盟を結び、秀吉は足軽組頭に出世を果たす。25歳にして、やっと胸を張れる状況になったといえよう。

 ただ、足軽組頭となれば、部下を率いなければならない。野心に燃える秀吉には、どんなときも裏切らず、自分を支えてくれる補佐役が必要だった。

 ところが、出自が卑しい秀吉には、信頼できる家来がいなかった。

 そんなとき「弟の秀長だ!」とひらめく。家に帰ると、いつも汗をかいて農作業に励むマジメな秀長を、自分のもとに置きたいと考えたのだ。かくして、秀吉は故郷へ帰還した。事情を知らない秀長にとっては、あまりにも唐突なスカウトだ。

「自分に武士はつとまらない」

 秀長はそう抵抗したに違いない。

 だが、のちに数々の敵将を寝返らせた秀吉だけあって、出世の報告を土産話にしながら、見事に弟を巻き込むことに成功する。

「武士なんてムリだ!」農民だった豊臣秀長の運命を変えた、兄・秀吉の“ジョブズ級のひと言”イラスト/伊達 努