木村は高校卒業後、推薦入試で亜細亜大学に進学した。「将棋とは別の世界を見てみたい」と考えたからだった。奨励会ではすでに三段になっていたため、将棋と学業を両立できるのではという思いもあった。
「棋士に学歴は不要」と考える師匠の佐瀬勇次は大学進学に反対した。だが、木村は自分の意志を貫いた。
「3歳上の丸山(忠久)さんが早稲田大学に進学した時、師匠はえらく怒っていましたが、丸山さんは自分で進学を決めていました。だから私も自分で決めればいいんだなと。そのように考えられたのは、丸山さんのおかげと言えるかもしれません」
その後、木村は23歳の時に四段昇段と同じタイミングで大学を卒業している。
自身のこうした経験があるだけに、木村は弟子たちの進学に関して自主性を尊重している。ただ、本人が悩んでいると感じた時には声をかけることもある。
「プロ棋士」と「東大」の
二択で悩んでいた弟子
「以前、高校2年生でまだ級位者という弟子がいました。将来に不安を感じていたようでしたが、『東大を受ける』と言ったので、『両方ダメになるから、どちらかをやめたほうがいい』と言いました。『1週間考える』と言って、結局奨励会をやめました」
『50代、それでも戦い続ける 将棋指しの衰勢と孤独と熱情と』(村瀬信也、木村一基、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
その弟子からはしばらく音沙汰がなかったが、数年前のある日、自宅に電話がかかってきた。東大を卒業し、司法試験に合格したという報告だった。
「ずっと連絡がなかったので嫌われたのかなと思っていましたけど、うれしかったですね」
奨励会は、プロになれる人より挫折を味わってやめていく人のほうが圧倒的に多い世界だ。退会後、将棋のスキルを生かせる業界に職を得る人は、そのうちの一部に限られる。
木村は言う。
「奨励会をやめた後、将棋で得た知識が直接生きることはほとんどないと思います。それでも、自分が将棋に頑張って取り組んだという経験は大事にしてほしい。プロになれなかったことは、全然恥ずかしいことではありません」
1つの目標に向かって努力を継続すること。うまくいかない時に試行錯誤してその打開を図ること。棋士になれなかったとしても、将棋を通じて得たそうした経験は今後の人生に役立つはずだと木村は信じている。







