目下、名人タイトルの防衛者と挑戦者として火花を散らしている、藤井聡太八冠と豊島将之。初対決から6連敗を喫した藤井にとって、豊島は因縁の相手と言えるだろう。2021年に3つのタイトルを巡って火花を散らした2人の戦いを振り返る。本稿は、朝日新聞将棋取材班『藤井聡太のいる時代』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「どんどん強くなる」藤井の勢い
竜王3連覇を目指す豊島と激突
自身初の四冠がかかる藤井聡太と、竜王3連覇を目指す豊島将之。2021年10月8日。両者にとって3度目のタイトル戦となる第34期竜王戦七番勝負が東京都渋谷区で開幕した。
かつて藤井は豊島を苦手にしており、初対戦から6連敗を喫した。だが、同年6月から9月にかけて対戦した二つのタイトル戦(編集部注/王位戦では藤井が防衛に成功、叡王戦では豊島が藤井にタイトルを奪われた)ではいずれも勝利し、従来のイメージを払拭することに成功。タイトルが竜王のみとなった豊島にとって正念場だった。
対局前日の10月7日に開かれた前夜祭。藤井について問われた豊島は「どんどん強くなっていて大変な強敵」と答え、「世間の注目度の高さをひしひしと感じている。熱戦を展開できれば」と抱負を語った。
第1局の立会人を務めた中村修は「豊島さんは藤井さんに対して特別な意識を持っているんだな、と感じた」と振り返る。
先手番を握った藤井は相懸かりの戦いに誘導した。この年、タイトル戦でも白星を稼いだ戦型だったが、豊島がうまく対応して少しずつポイントを積み重ねていく。
2日目午後の段階でも豊島がリードを保ち、白星に近づいているかに見えた。
だが、そうは問屋が卸さなかった。度々攻守が入れ替わる終盤の競り合いの末、勝利をつかんだのは藤井だった。対局後、豊島は「どこかで間違えたと思う」と首をかしげた。
中村はこう分析する。
「普通は形勢が逆転した後にもチャンスが来ることがあるが、藤井さんが相手だとそれがない。対局中、豊島さんには『ミスは許されない』というプレッシャーがあったと思う」
一方の藤井は「粘り強く指せたかなと思う」と、控えめではあるが手応えをにじませた。「どんどん強くなる」藤井の勢いが、またしても豊島をのみ込もうとしていた。
飛び交う「藤井さんが勝てない」の声
吹き飛ばすようにあっさり勝利を掴む
その右手はなかなか盤上に伸びなかった。30分、1時間、1時間半……。豊島の長考が続いていた。
豊島に藤井が挑戦した第34期竜王戦七番勝負。第4局は2021年11月12、13の両日、山口県宇部市で指された。
2カ月前に三冠になったばかりの藤井は竜王戦でも3連勝。四冠にあと1勝と迫っていた。
2日目の最終盤。形勢の均衡が保たれる一方、残りの持ち時間は大差がついていた。104手目の局面での残りは豊島の2時間29分に対し、藤井は9分。