戦後間もない日本で
再び巨大地震が発生
日本国憲法公布の翌月、1946年(昭和21年)12月21日午前4時19分、紀伊半島沖でM8.0の巨大地震が発生しました。「昭和南海地震」です。
2年前(1944年)に発生した「昭和東南海地震」に続く、南海トラフ地震でした。
南海トラフを震源域とする東海地震・東南海地震・南海地震は、これまでも2つあるいは3つの震源域が連動しながら、巨大地震を発生させてきました。2年の間隔が空いていますが、昭和南海地震は昭和東南海地震に連動して発生した南海トラフ地震だといえます。南海地震としては、1854年の安政南海地震以来、92年ぶりに発生しました。
昭和南海地震では、紀伊半島や四国を中心に最大震度6の激しい揺れが生じました。また、4~6メートルの大きな津波が主に紀伊半島と四国の沿岸を襲いました。
『日本史を地学から読みなおす』(鎌田浩毅、講談社)
その結果、高知県、和歌山県、徳島県を中心に1330人もの犠牲者が発生しました。そのうち約半数が最も被害の大きかった高知県における死者です。家屋への被害も甚大で、全壊が約1万1500戸、流失が約1400戸に達しました。
終戦からまだ1年と4カ月しか経っておらず、住宅も食料も日用品も、何もかもが不足していた時代です。高知市のように空襲を受けて焼け野原になっていた地域も多くありました。
そんな状況に追い打ちをかけるように巨大地震が発生したため、復興は困難を極めました。
政府は昭和南海地震をきっかけとして、地震の翌年(1947年)に「災害救助法」を制定しました。災害発生時に被災者を救助・保護するために、避難所の運営や食料や水の供給など、救助全般について定めた法律です。







