いじめられっ子の劣等生が東大に逆転合格…人生を変えた「恩師の言葉」が胸熱すぎてグッときた写真はイメージです Photo:PIXTA

『ドラゴン桜』監修・西岡壱誠氏は、劣等生だった自分を変えるため東大を目指したものの、2回失敗してしまう。どん底だった西岡氏はそこからどう立ち上がって東大合格を果たしたのか。自身も9浪を経験した教育ジャーナリストがインタビューした。※本稿は、教育ジャーナリストの濱井正吾『多浪で人生変えられますか?――大学受験と格闘した20人の記録』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。

諦めだらけの人生を変えた
恩師の言葉とは

 西岡さんは自他ともに認める劣等生でした。当時偏差値50だった中高一貫校に、数学1科目だけの受験で入学した後、中学2年生で成績がビリになり、自主退学勧告寸前となりました。三者面談を3時間して、「なんでそんなに勉強しないんだ!」と母親の前で怒られたほどだったと言います。中学3年生のときもビリから2番目で、高校に上がるのもギリギリだったそうです。

 また、自分のことを「舐められそうな雰囲気だった」と言う彼は、中学から高校に入るまでずっといじめられっ子だったそうです。

 西岡さんいわく、

「小学校・中学校・高校と、ずっといじめられっ子でした。小学校のときのあだ名は『チェブ(チビでデブ)』です。中学校に入っても『焼きそば買ってこい』と言われたり、階段から突き落とされたりしていて、高校生になっても『いじり』の延長で(怪我をして)病院に運ばれて何針か縫ったことがあります」

 そんな彼は、高校2年生のときに担任だった音楽の先生の勧めで勉強を始めるようになります。