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2浪でも就職が難しくなると世間的に言われる中で、山田洋さんは19浪の末、九州大学に入学した。なぜそこまで大学受験に人生を捧げることができたのか。自身も9浪を経験した教育ジャーナリストが本人にインタビューした。※本稿は、教育ジャーナリストの濱井正吾『多浪で人生変えられますか?――大学受験と格闘した20人の記録』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。
家賃1万5000円
4畳半の新生活
現役時は鹿児島大学1本の受験だったため、山田さんは不合格通知を受け取ってから浪人を決断します。その理由については「大学に行きたいという夢はあったため」と語ってくれました。
「兄が東京にいる関係で、地元の予備校よりも、都内の大きな予備校に入りたいと考えた」
山田さんは、上京して代々木ゼミナールに入ります。
しかし、この環境の変化が彼の浪人生活を長引かせる要因となってしまいました。
「亀戸にある、4畳半で家賃1万5000円のアパートに住むようになりました。もともとのんびり屋さんだったのですが、東京に出てきて、都会の華やかさに流されてしまいました。現役のときより勉強時間は増えて1日2~3時間くらいはしていたはずですが、遊んでしまった時間のほうが多いです」
とはいえ、代々木ゼミナールの優秀な講師の指導のおかげで苦手な物理の成績を上げることができたようで、現役時から50点以上成績が伸びて、共通一次は600点台の前半を獲得したようです。しかし、母子家庭という経済的な理由から、国公立しか選択肢がなかった山田さんは、この年も前期試験で東京農工大学工学部電気工学科(現・電気電子工学科)のみを受験しますが、落ちてしまいました。







