「母親がもう高齢になっていて、19浪目の年に病気になってしまったんです。それで、『この年でもうそろそろ大学に入らないといけない』と思い、初めて後期日程で出願しました。東大はこの年も不合格でしたが、九州大学には合格したので入学することを決めました」
20年間、受験生活を続けてきて初めて掴んだ大学の合格。喜びもひとしおかと思いきや、感動はなく、「ようやく区切りがついたか」という感じだったようです。
1浪~19浪までずっと江東区亀戸の4畳半の物件に住み続けた山田さん。彼は今、自身が大学に落ち続けた理由を「勉強が足りなかった」と振り返ります。
「東大に合格するための学力が足りなかったのは、勉強量が足りなかったことに尽きます。アルバイトをしながらの勉強だったので、毎年、センター試験の直前になると、夏休みの宿題を最後にやるように、慌てて勉強していました。でも、根を詰めてやらなかったからこそ、1回も勉強が嫌いにならなかったのはあると思います」
『多浪で人生変えられますか?――大学受験と格闘した20人の記録』(濱井正吾、笠間書院)
九州大学に入ってからの山田さんは、金銭面の節約のために、家賃月5000円の田島寮に入り、19歳下の同級生と大学生活を過ごします。
「新入生なのに、入ったときから最上級生扱いをしてもらったのに肩身が狭かった」と語る一方で、親子ほど年の離れた学生との共同生活は「めちゃくちゃ楽しかった」と振り返ります。
充実する大学生活の中で、山田さんは1年生の頃から集団授業の塾でアルバイトをするようになり、2年の留年を経て、卒業してからも合計13年間、非常勤講師として勤務します。
介護を続けてきた母親が亡くなった51歳のタイミングで1年間、カナダに留学をし、戻ってきた現在は高校生相手に塾で指導をしています。







