「相手を知ろうとしない」ことへの代償

 私自身もかつて、この「相手不在」の罠に深くハマっていました。

 予備校講師になりたての頃の私は、「いかにわかりやすく説明するか」「いかに自分の知識を披露するか」ばかりを考えていました。目の前の生徒が何に悩み、何につまずき、何を求めているのかを知ろうともせず、一方的に「これが正しい解法だ!」と熱弁を振るっていたのです。

 しかし、結果は散々でした。

 生徒たちの反応は鈍く、成績も伸び悩む。「先生の話は、なんだか遠い世界のことみたいだ」そんな無言のメッセージを感じていました。

 その時、私はハッとしました。私は「生徒」という生身の人間ではなく、「架空の聞き手」に向かって授業をしていたのです。

ビジネスでも同じ過ちを犯していないか

 これはビジネスでも同じことが言えるのではないでしょうか。

「上司だから、結論から話せばいいだろう」
「顧客だから、メリットを提示すればいいだろう」

 私たちは無意識のうちに、相手を「役割」として捉え、テンプレート通りの説明をしてしまいがちです。しかし、そこには「その人本人」が存在していません。

 相手が何を大切にし、どんな背景を持ち、今どんな感情でいるのか。そこに関心を向けずして、心を動かす説明などできるはずがありません。

「説明がうまい人」とそうでない人を分ける決定的な違い。それは、テクニックではありません。

 説明を始める前に、「この人は、何を求めているのか?」をどれだけ深く考えたか、という一点に尽きるのです。

説明の9割は「事前のリサーチ」で決まる

 では、どうすれば相手の心に響く「オーダーメイドの説明」ができるようになるのでしょうか。

 その答えはシンプルです。説明を始める前に、相手のことを徹底的に知る(リサーチする)ことです。

 先ほどの営業担当者の例で考えてみましょう。もし彼が、プレゼンの前に経営者の趣味が「ゴルフ」であることをリサーチしていたら、説明は劇的に変わります。

「社長、先ほどゴルフがご趣味だとうかがいました。実は、既にこのアプリを導入された同業のA社長も大変熱心なゴルフ愛好家でして、このアプリの体幹トレーニングを始めてから『ドライバーの飛距離が安定した』と喜んでおられたんです」

 どうでしょうか。この説明は、まるでその社長のためだけに仕立てられたテーラーメイドスーツのように、心にぴったりとフィットします。

「ほう、それは面白い!」と、相手は身を乗り出して聞いてくれるでしょう。