“関節技の鬼”藤原喜明に
ボロボロにされた入門テスト
「入門テストを受けさせてもらったのは、後楽園ホール大会の試合前でした。そこで足の運動(スクワット)、腕立て、ブリッジとすべてクリアして、最後にスパーリングをやらされたんです。私は高校1年で山口県のチャンピオンになっていたので、レスリングには自信があった。『よし、これで勝てば入門できる』と思っていたら、全然歯が立たなくて、逆にボロッボロにやられたんです。その相手が、当時は名前も知らない選手だった藤原(喜明)さんだったんです」
藤原といえば、当時は無名の前座レスラーだったが、のちに“関節技の鬼”と呼ばれる寝技のスペシャリストであり、この頃からすでに“猪木の用心棒”と呼ばれた知る人ぞ知る影の実力者。その藤原が相手をしたということは、おそらく体の小さい佐山にプロレスラーの夢を諦めさせるものだったのだろう。
「でも、必死で食らいついていったら、終わったあと、『よく頑張ったな』と言ってもらえましてね。でも、当時は体重70キロそこそこだったので、『80キロにしたらまた来なさい』と言われました。そこからボディビルで必死に体を鍛えて半年後にもう一度行ったら、ちょうど若手選手が海外修行でいない時期で、それで入門できた感じでした」
そして、この入門テストで藤原にスパーリングでボロボロにされた経験が、のちの佐山を形成する原点となる。
「初めて経験する関節技でぐちゃぐちゃにされて、苦しさと悔しさでいっぱいでした。自分が藤原さんにコテンパンにやられたことで、『若手でもこんなに強いのか』と、うれしい気持ちにもなったんです。やはり当時プロレスは、周囲からいろいろ言われていた時代でしたから、『そうじゃないんだ、プロレスは本当に強いんだ』ということを自分の体で知ることができて安心しました。『やはり、俺の目指す道は間違ってないんだ』と思うことができたんです」
新日本道場の練習だけでなく
キックボクシングのジムにも通う
佐山は新日本道場での猛練習だけでは飽き足らず、合同練習後、先輩たちには内緒でキックボクシングの目白ジムにも通い出す。







