でも、言葉の呪力は年々強まっているように見えます。SNSで罵倒されたせいで鬱になったり、自殺したりする人もいます。面と向かって言われた言葉じゃなくて、どこの誰とも知らない人間が送ってきた電気信号が他人を苦しめたり、悲しませたり、場合によっては殺すことまでできる。言葉の呪力がここまで高騰したことはかつてなかったんじゃないでしょうか。
養老:オウム真理教の「ポアしなさい」という言葉を思い出しました。
内田:言葉の呪力にアディクトした人がより高い全能感を求めると、今度はものを壊すようになる。創造するより破壊するほうが簡単ですから。創造を通じて現実を変えるのと、破壊を通じて現実を変えるのでは、破壊のほうが100倍出力が大きい。
100年かけて建てた建物でも一夜で灰燼に帰すし、10年かかって築き上げた信頼関係も心ない一言で一瞬で壊すことができる。だから、全能感だけを求めて行動する人は決してものをつくらない。壊すことに専念するようになる。
SNSで流れる言葉は
他人からの借り物ばかり
内田:SNSでも、何か一言言わないと気が済まないという人が多いですね。どうして、そんなに口をはさみたいのかな。あれはもしかすると、自分が多数派に属していることを確認したいからじゃないかと思うんです。マジョリティに属していることを承認してもらわないと気持ちが落ち着かない。
養老:もはや、自己表現という病じゃないですか?
内田:あれは自己表現というのじゃないと思いますよ。だって、言っている中身は他の人の請け売りや、定型句の繰り返しなんですから。「自分は大勢のうちの1人である」と声高に主張することは「自己表現」とは呼ばないでしょう。
あの人たち、コンテンツはどうでもいいんです。メンバーの頭数が多い言論集団に参加しているということを確認しているだけなんだと思う。ネトウヨやヘイトが隆盛するのも、みんな同じ言葉づかいをするからでしょう。そういう集団に帰属している限り、定型的なことしか言わないで済むから、個体識別されない。







