“主犯格”カミンスカス操の
華麗な女性遍歴
都心の土地取引では、札束が乱れ飛ぶ。概してそこで稼ぐ不動産業者たちは錦衣玉食を好み、女性関係も華やかである。カミンスカス操も例外ではなかった。四国から東京にのぼったカミンスカスは、地上げの現場で頭角を現していく。そのかたわら若いホステスを雇い、水商売を始めたという。一連の手紙からも盛んな女性関係が垣間見られる。
〈24歳の時には目黒でスナックを経営しました。25歳の時、1人目の妻と結婚しました。子供も3人出来ました。しかし私が40歳の時2人目の妻との浮気が(最初の妻に)ばれて離婚しました。2人目の妻との間には2人の子供が出来ました。しかし私が52歳の時にま
た浮気がばれて離別しました〉(2024年8月26日付書簡)
カミンスカス姓は3人目の夫人のそれだという。
〈今の妻はリトアニア人で錦糸町のロシアンクラブで知り合い、その日の内にアフターに誘って交際する事になり、2014年に結婚しました。当初(私)は小山姓だったのですが妻に子供が出来た時にカミンスカス姓にしてほしいと(彼女が)言ってきたので改姓しました。今妻は私の離婚届けをもってリトアニアに住んでいます〉(同)
リトアニア人の妻はレダ・カミンスカスという。事件当時のカミンスカスは自らロシアンクラブを経営していた。2014年にレダと知り合ったとなれば、結婚がきっかけとなり、店を出したのかもしれない。橘田実(編集部注/仮名。カミンスカスの刑務所仲間)もまた、当の本人から女性遍歴を聞いている。
「操さんは都合4回結婚してるそうです。1人目は日本人の奥さんだったそうだけれど、外国人が好きなのでしょうね。マスコミは事件の渦中、彼が警察に捕まりそうだからフィリピンに高跳びした、と騒いでいました。けれど、実際はそうではなかった、と本人から聞いています。フィリピンパブかなんかで知り合ったアンジェリンさんという女性が向こうに帰っていて、籍を入れるためにフィリピンに行っていただけだと話していました」







