リトアニア人の妻と離婚し
フィリピン人女性と結婚

 カミンスカス本人に聞くと、結婚は3回と手紙に書いてきたので、そこも少し大袈裟に話を膨らませたのかもしれない。事件当時は、レダに離婚届を渡し、そのままフィリピンに逃亡したという。橘田が続ける。

「レダさんはせいぜい30歳代でしょう。操さん自身、若い子がすごく好きで30歳を過ぎたら女じゃないみたいなことも言っていました。なので、アンジェリンさんもすごく若い。事件当時はまだ22~23歳だったと聞いています。で、操さん自身のなかでは、レダさんと離婚していると思ってきたようです。正式には日本での離婚届は出されていなかったようで、レダさん自身がリトアニアに戻っているか、まだ日本にいるか、本当のところは操さんも知らないと思います」

 手紙にある5人に加え、レダとのあいだにできた子供を含めると、カミンスカスは7人の子供を残している。艶福家の父親は離婚するたび、元妻や子供たちに気前よく財産を渡してきたようだ。橘田もそんな話を聞かされてきた。

「たとえばレダさんとのあいだには男の子と女の子がいたそうです。操さんはフィリピンに渡る前、2人の子供それぞれに1億円ずつ渡していると言っていました。子供たちはまだ小学生くらいなので2人の名義で別々に銀行口座をつくり、そこに1億円ずつ入金したと……」

「俺はまだまだ頑張る」
刑務所でも筋トレを欠かさない

 橘田の話を聞いたあと、当のカミンスカスにも手紙でこの件を尋ねると、ほぼ同じ内容の返信があった。もう少し橘田の話を続ける。

「操さんは絶倫なのです。刑務所にいながらも、一生懸命に運動し、『俺はまだまだ頑張る』と言って、毎日筋トレを欠かさない。あの人はボクシングをやっていたので、シャドーボクシングで1日300回くらい、数えながら腕を振っていました。風呂でいっしょになると、操さんはすごい巨根の持ち主でした。『やっぱり55億のチンチンは違うね』なんて部屋の仲間に冷やかされていました」

 この「55億」が積水ハウスの被害額55億5000万円なのは、改めて注釈するまでもない。

 橘田は事件当時のフィリピンへの逃亡について、こう話した。

「フィリピンに行ったときにインターポールから国際指名手配がかかっちゃって、向こうで捕まった、というのが操さんの話です。だから彼自身としては、自分に警察の手がおよびそうだから高飛びしたのではなく、あくまでアンジェリンさんと結婚するためだったのでしょう。日本では重婚になるので、フィリピンで結婚式を挙げて向こうで入籍したそうです。実際、アンジェリンさんは、いまアンジェリン・カミンスカスになっていると聞いています」

 畢竟するに、フィリピンのアンジェリンがカミンスカスの“4人目”の妻だ。レダとの正式な離婚が成立していないため、彼女も当人と同じくカミンスカス姓を名乗っているという。カミンスカスに結婚歴を手紙で確かめると、こう書いてきた。

〈私は、今までの妻達と離別する度に、私の財産全てを渡して離別してます〉