挨拶は『居合抜き』みたいなもの

 アパホテルが大切にしている「先輩が後輩を育てる」という仕組みは、まさにデミング氏の研究が示す「社会的スキル」を磨く場所に他ならない。機械にはできない、人間同士の心のやり取りを現場で受け継いでいるのだ。

 アパホテルの社長で元谷氏の妻・芙美子氏は、『アパ社長が“勉強するな“と息子を叱るワケ難関大学に行っても、大成はしない』(PRESIDENT 2019年2月18日号)の中で、自身の姿勢をこう表現している。

《社員教育では、部下には細かいことは一切言わずに、自分の背中を見せるのみ。商談では、私がお客さまを最前線で待ち、まっ先にご挨拶します。不動産契約などの大きな仕事は、最初の出会いがすべて。挨拶は『居合抜き』みたいなものです。『おはようございます』『お待ちしておりました』『いらっしゃいませ』。相手さまの心と心臓を一瞬にしてつかみ取らなければ、言葉にする意味もありません》

  挨拶という、誰にでもできる当たり前の行動。しかし、それを「居合抜き」のように命をかけて行う。芙美子氏の行動は、単なるマナーではなく、相手と心を結ぶための真剣勝負である。言葉の表面だけをなぞるのではなく、体全体で相手に向き合う。こうした態度は、学校の勉強だけでは身につかない。

 デミング氏の研究が指摘するように、計算や事務的な作業は機械が得意とする分野だ。しかし、チームで協力し、相手の気持ちを察しながら動く力は、人間にしか持てない。研究では、次のような興味深い点も伝えている。

《社会的スキルが重要である理由の1つは、コンピュータがいまだに社会的相互作用を模倣するのが苦手だからだとデミングは説明しています。そして、現代の職場においてより重要になっているのは、チームメンバーの強みを活かし、変化する状況に適応できることです。仕事がよりチームベースになっているのであれば、他者と一緒に働く能力が高い人ほど価値が高くなるはずだ、と彼は語っています。》