問われなければ、立ち止まることができません。

 問われなければ、そこに注意を向けることはありません。

 問われなければ、思考することもありません。

 問われなければ、自分に目を向けることもありません。

 問われなければ、誰かの役に立つこともできません。

 問われなければ、自分の行動を変えることもありません。

 問われなければ、何が問題かもわかりません。

 問われなければ、今自分がどこに向かっているのかもわかりません。

 問われなければ、知っているという檻の中から出ることはありません。

 問われなければ、自分がどんな物語を生きているのかに気づきません。

 問われなければ、今、何を感じているかにも気づきません。

 問われなければ、気づきはありません。

 知らないことを知らないので、知りようがないのです。問われなければ、自分に問わなければ、自分にアクセスすることもできません。

 映画『たそがれ清兵衛』の中で、義理の妹が姉に問いかける場面があります。問いかけられた姉は言います。

「あなた、姉に向かって質問なんかしてもいいと思っているの?」

 昔は上司や目上の人に質問などしてはいけなかったのです。いくつか理由はありますが、質問をして上司や目上の人が答えられなかったり答えを間違ったりしたら、立場が揺らいでしまうからでしょうか。

 彼らのプライドを傷つけるのは、自分の存在が危うくなることを意味します。ですから質問してもいいとしても、彼らが答えられるものを選んでいるかもしれません。

ダメな上司が言いがちな
2つのNGワードとは?

 もし対話が対等な関係の中で交わされるものであり、お互いの間で「意味を創る」試みであるという「前提」であれば話は違います。

 立場や年齢などを超えて、向けられた「問い」を間に置いて「対話」が始まります。そもそも、自分が知らないということを特に恥だとは思わないでしょう。実際、たいていのことは知らないのですから。すでに知っていると思っていることも、過去の記憶なのです。