現実は常に変化しているものです。物事に対する意味も刻々と変わっているものです。そういう意味では、知識は常に今ここで創られるものなのです。

 自分は知っている人というセルフイメージを持ち、その立場をとり続ける限り、自分自身を含め人や物事に対する興味・関心は失われていくでしょう。好奇心も薄れていきます。

「自分は知っている人」というイメージを守っているゆえのコストとして、好奇心や興味・関心を手放してしまうのです。

 上司は知識をたくさん持っている人、なんでも知っている人、問われればなんでも答えられる人といった前提だと「質問」や「問い」はその下に位置するのでしょうか?

 部下にいろいろと質問をしたり問いかけたり、部下に考えさせたり、答える機会を与えたりする上司はどう評価されるのでしょうか。

 もちろん論破するために、相手を答えられなくするのは目的ではありません。問いを創る、新たな視点をもたらす問いを提供できるとすれば、私たちは問いを創る能力を学ばなければなりません。

「そんなことも知らないのか」

「前に教えたはずだよ、忘れたのか」

 などと上司が言うとしたら、どうやって学習意欲を高めることができるのでしょうか。

 ChatGPTは、質の低い質問をすると、質の低い答えしか返ってこないことが明らかになりつつある。

 私は学生たちに、将来圧倒的なパフォーマンスを上げるためには、「質問学」の博士号(PhD in Questioning!?)が必要だと繰り返し強調している。

 AIを有効に活用するためには、問いそのものの質が非常に重要であると主張している。
――サム・ポトリッキオ(ジョージタウン大学教授)
『3分間コーチ 対話がひらく人と組織の未来』書影3分間コーチ 対話がひらく人と組織の未来』(伊藤 守、ディスカヴァー・トゥエンティワン)