これまで当たり前とされてきた「仕事ができる=スキルが高い」という評価基準に変化が起きています。なぜ今、スキル重視の評価に疑問が生まれているのか、その社会的背景や成人発達理論も踏まえて解説します。
※本記事は、加藤洋平さんと中竹竜二さんの新刊『「人の器」の磨き方』から抜粋しています。

中竹仕事ができる人の定義とは?(Photo: iStock/maroke)

できる人の判断基準

「仕事ができる」と聞いて、あなたはどんな人を思い浮かべるでしょうか。

 これまで多くの職場では、「仕事ができる人=スキルが高い人」という評価が当たり前でした。実際、スキルが高ければパフォーマンスが上がりやすいのは事実です。スポーツでもビジネスでも、それは長らく疑う余地のない“定説”として語られてきました。

 しかし、この見方に変化が起きています。「中長期的にスキルを見てみよう」「短期的な成果ではなく、長く育つ力として捉えよう」といった声や、「現在のスキルがそのまま本当に使われるのか」といった疑問が、人材の多様化とともに聞かれるようになってきています。もし自分が「今のスキル」だけで評価されるとしたら、それは本当に公平だと感じるでしょうか。

 人間には人それぞれ異なるスキルがあります。それにもかかわらず、特定のスキルの高さだけが評価されることで、まるで全人格的にすごいかのような錯覚を生んでしまうことがあります。

 あなたの職場にも、「仕事ができる人」と言われている人がいるかもしれません。でも、その評価は本当に“人としての全体像”を見たものでしょうか。

 今、社会は大きく変わっています。グローバル化や変化のスピードが増す中で、仕事のスキルだけでは語れない人の力が求められています。もちろんスキルは大切ですが、それが営業スキルなど業績に直結するものだけでなく、人間性も含めて、もっと多面的に評価すべきことがあるのかもしれません。

そもそもスキルとはダイナミックスキル理論の視点から

 成人の発達を扱った学問領域に「成人発達理論」という分野があります。この分野は、発達科学あるいは発達心理学に含まれるもので、私たち成人が一生涯をかけてどのようなプロセスやメカニズムで発達していくのかを研究していくものです。

 成人発達理論には実にさまざまな理論がありますが、スキルとは何かを考えるうえで、元ハーバード大学教育大学院教授カート・フィッシャー(1943-2020)の「ダイナミックスキル理論」の考え方が参考になるでしょう。世間一般に、スキルは「できること」や「能力」として理解されがちですが、フィッシャーのダイナミックスキル理論においては、スキルとは「人が環境との相互作用の中で、その場に応じて自分の行動や思考を柔軟に制御する構造的な力」として捉えられます。

 つまり、スキルは単なる「知識」や「習得された動作」ではなく、その人が特定の文脈の中で行動や考えを調整し、構成し、運用する能力なのです。

 この理論では、スキルの発達は段階的かつ階層的に進んでいくと考えられています。人は成長とともに、より複雑で抽象的なスキルを築いていきます。端的には、前の段階で獲得したスキルを土台にしながら、新しいスキルが構築されていきます。

 また、この理論の重要な特徴の一つに、「スキルは常に変動しうる」という考え方があります。スキルは固定的な「能力」ではなく、文脈や支援の有無、感情の状態などに応じて、発揮されるレベルが変わる「動的な構造」なのです。例えば、一人では解けなかった問題でも、友人の助言や先生のヒントがあればスムーズに解けた、というような経験は多くの人にあるでしょう。これは「スキャフォールディング(足場かけ)」と呼ばれる支援の効果によって、スキルがより高いレベルで発揮された例といえます。

 さらに、「ダイナミックスキル理論」では、発達の過程を「常に構築され続けるもの」として捉えます。同じ人であっても、場面や時間によって、発揮するスキルのレベルには揺らぎが生じます。このような「変動の中の秩序」に着目することこそが、真の人間発達の理解につながるとフィッシャーは主張しています。

 以上のように、スキルとは、その人が環境とのかかわりの中で、行動や思考を構築・調整しながら発揮する力です。それは発達によって高まり、支援によって引き出され、文脈によって変動するものです。「ダイナミックスキル理論」は、こうしたスキルの「動的で構造的な本質」を明らかにしようとする理論です。私たちが「できる/できない」といった二分法にとらわれず、「どのような支援や状況のもとで、どのようにできるか」という視点を持つことが、教育や人材育成においても重要なのではないでしょうか。

 そして同時に、それは、あなた自身のこれまでの成長やこれからの可能性を見つめ直すヒントにもなるかもしれません。

社会と人の意識の変革期の到来

 なぜ今、スキル重視の評価に疑問が生まれているのでしょうか。

 スキル重視からの変化の兆しは、社会の変化だけでなく、ワークライフバランスに象徴されるように働く人の意識変化とも深く関わっています。社会の変革と働く人の仕事観の変化は相互に影響し合い、どちらが先ということではなく、この相互作用によって両者の変革が同時に進んでいるのかもしれません。

 高度経済成長時代を経て平成にかけて、マネジメントや営業など組織が評価しやすいスキルを積み重ねていけば、「仕事ができる」という単純明快な評価がなされてきました。「あの人は成果を出しているからすごい」という言葉を、あなたも聞いたことがあるはずです。

 しかし、経済不況による成長の停滞は、既存のスキル観の見直しを促しました。それまで日本企業に多かった引っ張り型リーダーに加えて、共感をキーワードに、メンバーを支援するリーダーなど、リーダーシップのあり方も多様化してきたのです。

 この変化を大きく後押ししたのが、テクノロジーの進化でした。ITの普及は仕事の効率化だけでなく、メールやチャットで人と人をつなぎやすくし、SNSによってこれまで知り得なかった人を知るチャンスを爆発的に広げました。

 その結果、私たちの世界観は一気に拡大しました。「この人にはこんな側面もあった」といった発見や、人から人へのつながりによる思いもよらない魅力的な人との出会いが可能になり、人を多角的に見ることができるようになったのです。こうして「スキルだけでは語れない力」に気づく人が増えたことが、これまでのスキル一辺倒の評価軸を揺るがすきっかけとなったのかもしれません。

スキル一辺倒から「人の器」への関心の高まり

 人の器については、昔から多くの人が関心を持ってきました。リーダーのあり方を語るときに器について言及したり、人の器をテーマにした書籍が数多く刊行されたり、さまざまな宗教が人の器について提唱してきたのも、その表れです。

 それが近年、成人発達理論の中で人の器が科学的に検証され始めたことで、ビジネスの場で語られる土壌ができてきました。

 それ以前は、人の器の重要性は誰もが感じていたものの、感覚的な概念であったため、表立って語られることはありませんでした。例えば、役員会で社長が「彼は器ができていないから役員を外そうか」「彼は良い器なので次世代幹部の候補にしよう」と考えていても、それは暗黙知にとどまっていました。成人発達理論などの知見によって、ようやく器を形式知として語る姿勢が生まれてきたのです。