いま一つの問題は、政府が特定分野に積極的な施策を行うとなれば、政治的介入の完全遮断が難しくなることだ。具体的な投資プロジェクトの選定や助成金額の策定などに関して、政治的要請が政策決定に入り込みやすくなる。

 日本では、業界団体や既得権益が政策形成過程に強い影響力を持ってきた歴史があり、純粋に経済合理性だけで投資分野が選定される保証はない。その結果、将来性が乏しい分野にも資源が配分される危険がある。

 さらに、いったん巨額の公的資金が投入されれば、たとえ事業の見通しが悪化しても、撤退できないことになりやすい。民間企業であれば当然行われるはずの事業転換の判断を遅らせ、その結果、資源配分の硬直化を招く恐れがある。

 それは、経済合理的な政策の選択を困難にするだけでなく、技術変化のスピードが速いAI時代においては、政策そのものを陳腐化させる危険を伴うだろう。

民間が自由に試行錯誤できる基盤が重要
政府の役割は規制緩和や環境整備

 では、政府は何をすべきなのか? 重要なのは、自らがリスクテイカーになることではない。企業が自由に挑戦できる環境を整えることだ。

 日本では既得権益や制度的制約が、新技術の導入を阻んできた例が多い。ライドシェアリングをめぐる議論はその典型だ。

 高市政権が本当に成長戦略を掲げるのであれば、巨額の公的投資よりも、規制改革や競争環境の整備に力点を置くべきではないか。AI時代に必要なのは特定分野への集中投資ではなく、多様な試行錯誤を許す制度を設計し実現することだ。

 政府はすでに半導体企業ラピダスへの巨額支出を進めている。これは高市政権が志向する産業政策の象徴的な事例だが、技術競争の行方は依然として不透明であり、AIの進展次第では、基本的条件そのものが変わる可能性もある。

 こうした状況で国家が特定プロジェクトに巨額資金を投じることは、将来の政策柔軟性を奪いかねない。

「責任ある積極財政」というスローガンは、AI時代の不確実性を十分に織り込んだものとは言い難く、「政府が未来を設計し、投資の方向を定める」という発想そのものが、急速に変化する技術環境の下では危うさを増している。

 高市政権が目指すべきは、国家が前面に出て投資を主導することではなく、民間が自由にリスクを取り、失敗と成功を繰り返せる制度的基盤を整えることだ。エージェントAIが社会の構造を大きく変える可能性がある今こそ、政府の役割を根本から問い直す必要がある。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)