一般の方々にとって、「沖での漁獲量」と「港での水揚げ量」の違いはさしたる違いでないようにみえるでしょうが、資源管理を行う人間にとっては、この違いは天と地ほどの違いに相当します。

 とくに「資源評価のためのデータ」が「投棄」を含まない水揚げ数量でしか得られないということは、そもそもの資源評価の信ぴょう性を根底からひっくり返してしまうような大問題です。

 資源評価の計算で用いる「漁獲データ」は、人間がどれだけ元の資源から魚を漁獲して取り出したのか、そのすべてを示す数字でなければなりません。

 この数字が基になり、資源の総量が計算され、その挙動があきらかになるのですが、なんとEUでは、これまで投棄の数量が正確に把握できず(すなわち漁獲の正しい数量がわからない)、TAC設定のもとになるICESの勧告も加盟国データに投棄量を推定した上で資源評価を行っていたというのですから驚きです。

欧州では「投棄」が違反ではなく
義務だった時代がある

『海のさかなの正しいトリセツ』書影『海のさかなの正しいトリセツ』(内海和彦、日本評論社)

 かつて水産庁で資源管理を担当していたとき、“北海”で操業する欧州のトロール船が、船尾から大量に魚を投棄しているドキュメンタリーを見て、「なぜ、違反として取り締まらないのか」と不思議に思ったことがあったのですが、ようやくここに来て事の次第が理解できました。欧州では、「水揚げ義務」が取り入れられるまで「投棄」は違反ではなく、一時期まではむしろ投棄が義務だった時代まであったというのです。

 では、日本ではどうかというと、日本では漁業者の漁獲報告は「採捕」した魚の数量ですので、資源評価上も欧州のようなことは起こりません。いまのところは安心して資源評価の作業はできるのですが、今後、多くの魚種で数量管理が増えれば、人間の心理に洋の東西は関係ありませんから、洋上で秘密裏に投棄が行われ、資源評価や予測が誤ったものになることが心配です。