パワーワード「終わり人間」
もう400円の収入は得られない。
「私は古い言われました」「私から学ぶ、もう必要ない」「終わり人間」
終わり人間、コンビニ人間のようなパワーワード。
ますます共感する司之介。
改めて「乾杯」。
今度はちょうどほどよい温度になっている。
あ〜とため息ついて司之介はクビの話はしゃべらないと誓う。
「義理堅い義理の父じゃ」と「安心して仕事を見つけ、ベストセラーを書け」と励ます。
主としてヘブンと司之介、「終わり人間」同士の語らいの回であった。
ヘブンが人力車を途中で下りて寄り道するのは、さながらリストラされたサラリーマンが家族に言えず、毎朝、さも出勤するように見せて、行く場所がなく、時間を潰している様子であったのだ。
以前、「ばけばけ」は男性スタッフが主になっている(制作統括、脚本、演出チーム)ので、女性たちの微妙な心理が書けていないのではないかと筆者は指摘した。今回、男2人のシーンには違和感を覚えなかった。それは、年をとって自分が古くなり不要になっていると感じる不安感は男女問わず、ある程度年齢がいった者ならわかることだからかもしれない。
いや、そこでもない。司之介のさりげない配慮みたいなところである。弱っている者同士、直接傷に触らない口ぶりに注目したい。女性同士が川を出る出ないの話をしていたとき、目先の自分の喜びに夢中で、他者に配慮できない人間のだめなところが描写されていた。これも男女ではなく、若さと老いで分けると理解できるかもしれない。
若いうちは、まだまだ先があり、野心も燃え盛っているから、つい他者が傷つくかもしれないことを話してしまうが、老いるとお互いいたわりあってしまう。老いと若さではなく、まだ希望のある人と希望がなく弱っている人の違いとも考えられる。
「終わり人間」は他者にやさしい。誰もが「終わり」を意識したら、他者にやさしくなれるのかもしれない。司之介を見てそう思った。









