リーダーは
環境がつくり出す

 B=f(P, E)
「行動(Behavior)は、個人(Person)と環境(Environment)の関数である」(B Is a function of P and E.)

 この概念式を提示したのは、ナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命してきた、社会心理学者のクルト・レヴィンである。この式は「場の理論」(field theory)と呼ばれている考え方を象徴したもので、この理論が示しているのは、リーダーシップがないといわれている人でも、状況や環境によって「決断を求められる」「指示を求められる」状態に至ると、リーダー的行動が発現するという人間ならではのダイナミクスである。翻せば「状況や環境が人をリーダーに変える」、さらに言えば「リーダーシップは必ずしも先天的なものではない」(後天的に身につけられる)ということだ。
 

 山中伸弥氏はインタビューの中で、「自分はリーダーシップに長けているわけではない」と謙遜されているが、2006年にマウス、2007年にヒトiPS細胞論文を発表する前までは、小規模な研究室を主宰する一研究者だった。しかし論文発表後の2010年に設立された京都大学iPS細胞研究所の所長になってからは、数百人のメンバーを抱える組織を率い、経営者的な仕事をこなし、かつさまざまな企業や省庁の幹部等との対応を担ってきた。それまで、そのような経験もなければ、トレーニングも受けていない。山中氏はまさしく状況や環境によってリーダーの役割に目覚め、実践してきた人物といえよう。あなたの組織の中にも、同じような例を見つけられるはずだ。もしかしたら、あなた自身がそうだったかもしれない。
 

 このように、山中氏をはじめ、人が新たな役割を引き受け、リーダーへと変わっていくさまを説明するのは、先のレヴィンの理論よりも、同じく「場の理論」を提唱した生命哲学者で東京大学名誉教授の清水博氏の考え方のほうが腑に落ちるのではないか。すなわち「組織やプロジェクトをリードし、社会的責任を引き受ける存在」として周囲から意味付けられ、その意味が組織内で共有された結果、リーダーとして生起した、と。
 

「人間は環境の生き物である」といわれる。その環境には、組織内のメンバーも含まれる。また、「組織は人でできている」ともいわれる。したがって、肩書きを与えられても、周囲から認められなければ(意味付けられ共有されなければ)リーダーとしての使命を果たせない。

 本インタビューでは、山中氏のノーベル賞受賞後から現在までのリーダーシップジャーニーをたどりながら、リーダーシップのあり方、リーダー人材のつくり方を考える。

あらためて問う
「iPS細胞とは何か」

編集部(以下青文字):このインタビューを読まれる方々の理解を揃えるために、これまで何度も聞かれたと思いますが、「iPS細胞とは何か」「何が評価されてノーベル賞の受賞に至ったのか」についてあらためて教えてください。

私のリーダーシップジャーニー国立大学法人 京都大学 iPS細胞研究所 名誉所長/教授
公益財団法人 京都大学 iPS細胞研究財団 理事長
山中伸弥
SHINYA YAMANAKA
1962年大阪市生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員、京都大学再生医科学研究所教授などを経て、2010年4月から京都大学iPS細胞研究所所長。2006年、胚性幹(ES)細胞と異なり、受精卵を用いず体中の細胞に分化する可能性を持つ人工多能性幹(iPS)細胞をマウスの皮膚細胞から作製したことを発表。2007年にはヒトの皮膚細胞からiPS細胞を樹立したと発表した。2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞。2010年4月から2022年3月まで京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長を務める。2020年に公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団が活動を開始し、理事長に就任(2022年3月末までは、CiRA所長と兼務。以後、CiRA名誉所長、教授と兼務)。寄付活動、講演活動にも精力的に取り組む。ラスカー賞、恩賜賞、日本学士院賞、京都賞、ウルフ賞、文化勲章、ノーベル生理学・医学賞等を受賞・受章。2007年から米グラッドストーン研究所上席研究員兼務。米科学アカデミー外国人会員。日本学士院会員。著書に『走り続ける力』 (毎日新聞出版、2018年)、最新刊に『夢中が未来をつくる』(サンマーク出版、2025年)が、共著に『「大発見」の思考法』(文春新書、2011年)、『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』 (講談社+α文庫、2015年)、『「プレゼン」力』(講談社、2016年)、『友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」』(講談社、2017年)、『賢く生きるより 辛抱強いバカになれ』(朝日文庫、2017年)、『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』(文春新書、2017年)、『人間の未来 AIの未来』(講談社、2018年)、『挑戦 常識のブレーキをはずせ』(講談社+α新書、2021年。『前人未到』に改題されて講談社文庫、2023年)、『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(講談社+α文庫、2021年)、『還暦から始まる』 (講談社+α新書、2024年)などがある。

山中(以下略):受精卵から分裂した細胞が成長して、人の体の「心臓の細胞」「肝臓の細胞」「神経の細胞」などになります。これを「分化」というのですが、iPS細胞は、こうした役割をリセットしたまっさらの状態(さまざまな細胞へ分化できる性質、つまり多能性を有する状態)の細胞のことです。言い換えれば、分化した細胞を未分化の状態に戻したもので「人工多能性幹細胞」と呼ばれています。

 iPS細胞を作製するとは、体細胞を何の役割も持っていない未分化の細胞の状態に初期化することです。そのために必要なタンパク質が、我々が発見した4つの因子(変化や結果を引き起こす原因になるもの)なのです。これら4つの初期化因子それぞれをわかりやすく説明すると次のようになります。

 Oct3/4(オクト・スリー・フォー):初期化の開始を命じる役割や未分化状態を維持する。
 Sox2(ソックス・ツー):Oct3/4を支えるもので、細胞を未分化(まだ何物でもない状態)に保つ。
 Klf4(ケイエルエフ・フォー):初期化に当たり細胞死を回避し、細胞を安定させる。
 c-Myc(シー・ミック):細胞の増殖を助ける。

 これら4つの因子が揃うことで、さまざまな役割を備えた細胞が初期化され、iPS細胞へと変わります。こうして作製されたiPS細胞を研究段階から実際の治療(臨床)に使えるようにするためには、心筋、神経、網膜、血小板など、対象となる病気の治療に必要な「特定の細胞」に分化するよう誘導していくことになります。それはとりもなおさず、安全かつ均質な治療用iPS細胞を低コストで大量に作製することが必要になるということです。

 ノーベル賞を受賞するに至ったのは、これまでは「一度分化した成熟した細胞(皮膚細胞など)は元には戻らない、不可逆である」と信じられていたところ、前述の特定の因子を導入することで、「多能性」を有する状態へ初期化(再プログラム)できる――分化した細胞は受精卵のような状態に戻せる、可逆であることを世界で初めて示したことにあります。

 ちなみに、同じ多能性幹細胞にはES細胞というものがありまして、1981年にマウスで、1998年にヒトで確立され、iPS細胞より早く開発されています。ヒトの受精卵を使う(正確には受精卵が分裂を繰り返し、受精後およそ5~6日経った「初期胚」)ことから、倫理的な問題、たとえば「受精の瞬間からヒトなのか」「いつからヒトと見なすのか」が議論されることになりましたが、iPS細胞の場合、このような倫理的な問題はありません。

 手前味噌になりますが、iPS細胞は、再生医療や創薬の可能性を大きく広げるもの、そしてシンプルかつ普遍的な技術として医療の世界を飛躍させうるものとして評価されました。