実は日本が人手不足で外国人を頼るのは今回がはじめてではない。明治期に、危険が伴う炭鉱労働になかなか日本の若者が集まらないことで「労力の輸入」(読売新聞1917年9月14日)に踏み切ったのである。
「日本人の嫌がる仕事を外国人にやらせる」というとミもフタもないので、「試験的」という名目で、三菱、三井などの炭鉱に朝鮮人労働者約700名の受け入れを行った。今も「国際貢献」という目的で技能実習生を受け入れているように、こういう建前を重視するのは100年前も変わらない。
これをきっかけに日本本土にどんどん大陸からの労働者が増えて、低賃金労働者でコストカットを図りたい経営者はウハウハだった。
だが、日本はどうなったかというと、まず日本人の労働者の待遇は一向に上がらず、ほどなくして小林多喜二の『蟹工船』に描かれたようなブラック労働が定着していった。
そして、この「労力の輸入」から長い時間が経過した後、日本人にこき使われていた外国人労働者側から「あのときはひどい目に遭った」「人権侵害をされた」という被害が訴えられた。そう、徴用工問題や慰安婦問題である。
こういう歴史の教訓を真摯(しんし)に学べば現在、右肩上がりで増えていく外国人労働者にも同じ問題が起きる。「親日国」とか「民度」は関係ない。自分に置き換えていただきたい。
もし日本よりも豊かな国の政府が「日本人労働者を歓迎しますので、どうぞみなさん働きに来てください!」ともみ手で言ってきて、60万人もの日本人労働者が出稼ぎに行ったとしよう。
しかし、そこで言葉や文化の壁を乗り越えて、一生懸命働いたところで、現地の人々と同じ待遇にはならない。中には日本人を「労働者」としか見ず、劣悪な環境で働かせるような差別的な経営者や同僚もいる。
それに耐えられなくなった若者の中には、強盗や窃盗などの犯罪に手を染めてしまう。「日本人排斥」を堂々と訴える人々もいる中で、日本人同士で団結しようと、祖国を懐かしむイベントや集会を開いたり、寺や神社を建立したりしようとすると住民から「治安が悪くなる」「この国を乗っ取る気か」などと攻撃される。
さて、このような壮絶な経験をした同胞が日本に戻ってきて「私はあの国でこんな被害を受けました」とか、女性が「あの国の経営者に乱暴をされ、売春を強要されました」とか涙ながらに語り始めたら、日本の世論はどうなるだろうか。
怒りが爆発して、その国の政府に賠償を求めたりして徹底的にこの問題を国際社会に広めてやろうと思うのではないか。
それは今、日本で働いているベトナム人、インドネシア人、ミャンマー人なども変わらない。すでにブラック経営者が技能実習生に暴力を働いたとか、女性に対して性的暴行を働いたという事案は報告されている(産経新聞 2024年12月16日)。
どんな綺麗事を並べたところで、日本の政策は外国人労働者を「労働力の輸入」としか見ていない。島国で長く鎖国してきたからなのか、「人間」として扱ってもらえない外国人の悔しさや怒りというものを、まだこの国はわかっていない。それを本当の意味で理解するまで、「外国人労働者の受け入れ拡大」は中止したほうがいい。








