「海は、危険な敵をかくすだけで、国土を守ってはくれない」
企業が利益を上げ、従業員を養い、社会に貢献するためには、大前提として「平和」が必要不可欠である。街が戦火に焼かれ、人々が逃げ惑うような世界では、誰も自動車を買う余裕などない。ゆえに、本田宗一郎は平和の大切さを誰よりも痛感し、平和を当然のものと勘違いしている世間の風潮に対して、強い危機感を抱いていた。
書籍『得手に帆を上げて』(本田宗一郎、1977年)には、力強い言葉が記されている。
1977年という年は、第1次オイルショックによるすさまじい物価高騰の余波が続き、続く第2次オイルショックの足音も背後に聞こえ始めていた、まさに世界的なエネルギー危機の時代である。
中東地域の激しい混乱に世界中の経済が大きく振り回されていた当時の情勢は、エネルギー価格が急騰して人々の生活を圧迫している現在の状況と極めてよく似ている。冷え切った経済と緊迫した空気の中で、本田氏は以下のように書き残した。
《武力侵略に対して「無抵抗主義」というのは、簡単にいえば「生きる権利」を捨てることと同じである。
また「逃げる」にいたっては、返す言葉もない。一体どこへ、どうやって逃げるというのだ。ボートにでも乗って、湖の対岸にでも漕ぎつけば、そこに、平和で安全な、人としての誇りを持って生きられるユートピアが、待ち受けているとでも思っているのか。
まことに無知というか、バカな暴論である。
日本を囲む海は、かつては自然の障壁とされてきた。たしかに海は、外国の侵略から国土を守ってくれた。しかし現代では事情が違う。六カ月も潜水し続けられる原潜が、日本の周辺にうようよしていると聞いている。北極の氷の下では、アメリカとソ連の原潜が、互いに監視している時代だそうだ。海は、危険な敵をかくすだけで、国土を守ってはくれない。海はどちらかといえば敵のものである》
何と現実を見据えた、何と鋭く、何と重い言葉だろうか。
本田氏は、観念的な平和論や、現実逃避の無抵抗主義を真っ向から否定。生きる権利を守るためには、現実の脅威から目を逸らしてはならないと訴えているのである。
現代の日本を取り巻く環境は、本田氏が警鐘を鳴らした時代よりも、さらに複雑で危険なものになっている。海はもはや、安全な壁ではない。敵を隠し、突然の攻撃を許す恐ろしい場所へと変わってしまった。







