社会人として「アンガーマネジメント」を身につけ、波風を立てずに生きるうちに、本当の感情がわからなくなってしまうことはないだろうか。映画監督の長久允氏が書いた『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を読んで、自分の隠してきたネガティブな感情を「金脈」だと全肯定され、衝撃を受けた。(文/飯室 佐世子)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

「まともな大人」を演じることの代償

 社会人として経験を積み、それなりに「波風を立てずにやり過ごす技術」が身についた。

 理不尽なことがあっても、うまく笑顔を作れる。アンガーマネジメントだってできるようになった。

 でも、その代償として、私は自分が本当は何に怒り、何に悲しんでいるのか、自分の感情すらわからなくなってしまった。

 それでも時折、ふとした瞬間に、不謹慎でドス黒い感情が心の奥底から湧き上がってくることがある。私はそんな醜い自分に恐怖し、「まともな大人」を演じるために必死に重い蓋をしてきた。

人生の捉え方を覆された本

 私と同じように、立派な「社会性の鎧」の下で、本当は息苦しさを感じている人はいないだろうか?

 そんなモヤモヤを抱えていた時、一冊の本に出会った。

 映画監督・長久允氏の著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』だ。

 タイトルからして、映画やドラマの脚本の書き方を教えるノウハウ本だと思っていた。しかし、ページをめくってすぐに、それが単なる技術書ではなく、「人生の捉え方」を根底から覆す本だと気づいた。

 本の中で著者は、私がずっとひた隠しにしてきたネガティブな感情を、なんと「金脈」だと全肯定してくれたのだ。

SNSに書けない感情は金脈。そう思うのです。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.152より
妄想の中では犯罪行為はありません。妄想は『勇気』とも言い換えられます。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.72より

 現実の社会では「悪」とされ、押し殺すしかない感情も、創作物(フィクション)というフィルターを通せば、誰にも真似できない強力な武器になる。

 その事実に、私はどれほど勇気をもらったかわからない。

書くことで、自分の人生を取り戻す

 本に背中を押されるようにして、私は誰にも見せないノートを開き、自分の中の「怒り」や「悲しみ」を思いのままに書き殴ってみた。

 すると、どうだろう。これまで必死に押し殺してきたドロドロとした感情が、文字になった途端にある種の「エンタメ」として客観視できるようになったのだ。

 心が不思議とスッと軽くなる感覚があった。これが、著者が言う「セラピー」の効果なのだろう。

 と同時に、著者がかつて過労で倒れた時に気づいたという言葉に、深く頷いた。

「自分の人生のクライアントは、『自分』じゃんか」

 ハッとした。
 私は今まで、他人の顔色(クライアントや社会)ばかりうかがって、自分自身の声を無視していたのだと気づいた。

 この本は、単なる「脚本の書き方」のノウハウ本ではない。
 自分の欠点や恥ずかしい過去を肯定し、「あなたにしか作れない人生」を取り戻すための、強烈なカンフル剤だ。

 著者は力強く、こう言い切る。

「天才はいない。個人的さだけがそこにあるのだ」

 もしあなたが今、「社会的な正しさ」を演じ続けることに疲弊し、本当の自分を見失いそうになっているのなら。
 どうかこの本を手に取ってみてほしい。

 押し殺してきた感情を解放した先にある、あなただけの物語が、きっと見つかるはずだから。

(本稿は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の発売を記念したオリジナル記事です)