5年半後の「白書」が示すもの

 あれから約5年半。周さんはその後、カナダへの留学をきっかけに国外脱出に成功した。しかし、黎被告の拘束は続いた。

 さらに黎被告の量刑言い渡しからわずか数時間後、中国国務院(内閣に相当)は「香港の国家安全維持実践に関する白書」を発表した。そこで、タイトルにもある香港における国家安全保護の重要性を説きつつも、今後中国がいかにして香港の行政機関を通じて香港を「統治していく」かの姿勢が述べられている。

 実のところ、その内容自体はそれほど新鮮でもなければ、香港市民(や世界的メディア)の関心を引くようなものでもなかった。だが、香港の各メディアはそこにあった「香港の国家安全保障の実践とは、『絶対的安全』や『安全の一般化』を追い求めるものではない」という文言を大きく取り上げた。白書はさらに続けて、「有罪と無罪を厳格に区分し、個人と組織が法に基づいて権利や自由を行使することには影響しないと保障する」と述べている。

 メディアの取り上げ方から見て、これこそがこの白書で中国政府が強調したかったことなのだろうと理解できる。というのも、残念ながら、今の香港のマスメディアはすでに例外なく、中国や香港当局の施策や意図を伝える道具と化しているからだ。かつてのように政府の発表に対して編集部独自の視点や意見を少しでも投げかけようものなら、すぐに政府の保安局(警察や法執行機関管轄当局)から、それこそ「国家の安全保障を脅かす」といった反論が返ってくる。つまり、今やマスメディアに「御上の発表」へ疑義を呈する余地は残されておらず、当局のブリーフィングをそのまま垂れ流すしかなくなっている。

 そして、この白書の発表翌日にも、どの新聞にもこの白書の内容を称える論評が掲載された。長い間「リベラル紙」と呼ばれてきた「明報」にも、「白書の発表は、今後の新しい香港の発展への節目を意味するものだ」と称賛する署名評論が掲載されたが、その書き手はメディア業界に長い人間も知らぬ名前だった。

 白書がいう「香港の国家安全保障の実践とは『絶対的安全』や『安全の一般化』を追い求めるものではない」とは、「さあ、ターゲットだった黎被告を撃ち落とした。国安法はその目的を遂げた」という宣言のようでもある。つまり、これは中国政府からの「香港市民よ、これから締め付けを緩めるから経済発展のために邁進するがよい」という号令なのだ。

 だが、先にも述べた通り、一般市民の間ではこの白書の発表に関心を示す人はおらず、その号令による高揚感ももちろんない。というのも、ここ数年来厳しく施行されてきた国安法は、すでに黎被告への重刑判決とともに、香港市民にとっての「香港人らしい生き方」を奪い去ってしまったからだ。

 中国当局は、そして香港政府も、おそらくその点にまったく気がついていない。