だが、その一方で、2012年に香港にやって来る中国人を「香港を食い荒らす」という意味で「イナゴ」と揶揄する衝撃的な広告を掲載したのも、実は「アップルデイリー」である。つまり、同紙は一貫してタブロイド紙的な性格を持ち続け、逆にそれが世間話の大好きな香港市民に受けたといえるだろう。
そして市民が関心を寄せる話題の報道を続けるその姿勢が、「中国化する」香港を懸念し始めた人たちの間でも評価されるようになり、「アップルデイリー」は一大・反中国・反体制メディアとなっていく。同紙もその唯一無二の存在を意識し、以前のタブロイド紙的な色合いを潜め、硬派路線を歩むようになった。そして2014年の雨傘運動以降、さらには2019年のデモ以降、中国や香港政府に対する市民の不満を掲載する、ほぼ唯一のメディアとなったのである。
「合法だった権利」を行使した男が「極悪犯罪者」になるまで
黎の法廷では、「国安法はその施行前の事例に対する遡及力はない」と言われていたにもかかわらず、正味150日以上に及んだ審理において検察側が審問の俎上に上げ、執拗に尋問を重ねたのは、2019年のデモ期間中の黎被告の言動だった。
検察は黎被告と同紙運営トップがいかに「世論の操作」に腐心したかを述べ、それを罪状とした。また、2019年のデモと政府によるその鎮圧行動に対し、黎やその他の民主活動家たちが国連やホワイトハウスに香港政府への制裁を呼びかけたこと、その間、いかに米国の政治関係者らと情報交換し交流を持ったかなども詳しく述べられた。
その経緯に注目してきた者ならば、裁判が2020年に制定された国安法によって2019年以前の黎たちを罰しようとしていることは容易に見て取れた。
黎被告の禁錮20年言い渡しの後、中国政府関係者や李家超行政長官、さらには香港の各法執行機関まで、わざわざこの判決を「歓迎する」とのコメントを発表した。
奪われた「当たり前の権利」
しかし、冒頭にも書いた通り、彼らは「気づいて」いない。
香港において自由と権利に目覚め、熱心に働き、自身の関心と興味に従ってビジネス帝国を築き、富を築いた――黎智英という男は、普通の香港市民の一人でしかないということを。
そして、2019年の時点では、街頭に立って、中国政府や香港政府に要求を叫び、自身の権利の実現や政権の民主化を求める行動は、香港においては違法なことではなかった。さらに香港の窮状を外国人や国際組織に向けて訴えることも、違法ではなかった。それは香港市民として、誰にも認められた権利だった。
当時、香港市民の誰しもが合法的に行使できた権利を行使した「一市民」黎智英は、その後、香港国家安全維持法によって「極悪非道な犯罪者」に仕立て上げられた。国安法はその権利をすべて奪い去った。そして、一市民・黎智英はこれから20年近い日々を刑務所で過ごすことになった。
黎は、上訴期限の3月9日にも上訴を行わず、判決を受け入れる姿勢を見せた。そんな黎の姿を目の当たりにして、香港の人たちはそう簡単に「白書」の宣言を受け入れるわけにはいかないのである。







