体裁よく整えた資料、流行りの横文字を並べた発言。怒られはしないが、誰の心も動かさない。そんな「仕事をやった気になっている」自分にもやもやしていた筆者は、映画監督の長久允氏が書いた『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を読み、ある一言に胸をえぐられるような痛みを感じた。(文/飯室 佐世子)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

「波風を立てない」ことの虚しさ

 体裁よく資料を整え、会議では流行りのビジネス用語を使ってそれらしい発言をする。上司やクライアントからは「きれいにまとまってるね」と及第点をもらえる。

 でも、そこから人の心を動かすような成果が生まれることはない。

 心のどこかで「中身がないな」と気づきながらも、波風を立てない正解らしき仕事を量産し続ける日々に、なんとも言えない虚しさを抱えていた。

 そんな時、一冊の本を開いた。サンダンス映画祭でショートフィルム部門のグランプリを受賞した映画監督・長久允氏の著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』だ。

 ページをめくってすぐ、目に飛び込んできた見出しに、ぎくりとした。

「それっぽいもの」は最低だぜ!
脚本の教室『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P4より

 胸の奥、ぐさり。

 まるで、そつなくこなした気になっている私の仕事を、真っ向から指差して言われているようだった。

「空っぽなもの」は誰にも刺さらない

 本の中で著者は、学生時代の苦い失敗談を告白している。

 かつての彼は、自分が最高だと思うかよりも、他者から評価されることを目指し、「なんとなく映画っぽい」ものを作っていたという。

「売れるために、これをやらねば」と自分の本当の気持ちを横に置いた結果、「雰囲気だけの空っぽな映画」になり、何の賞にも引っかからなかったという。

本当にやりたいことではないけれど、評価されそうだなぁ、他のインディーズ映画よりも技術がありそうに見えてるよなぁ、うん、だから売れるために、私はこれをやらねばならぬ。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.6より

 そのエピソードに、私は自分の働き方を重ね合わせずにはいられなかった。

 私がやっていたのも、自分の熱量を置き去りにした、ただのビジネスパーソンっぽい仕事だったのではないか……。

「これでいい」と思えるために

 著者はその後、「それっぽさ」を捨てて自由にのびのびと書いたことで、サンダンス映画祭でグランプリを獲得する。

「この映画は他の何にも似ていない」と絶賛されたその根底にあるのは、圧倒的な個人的な熱量だ。

 著者は読者に向けて、力強く語りかける。

外側をどんなに綺麗にコーティングしても、中身が空っぽだったら、それは見る人にはバレてしまうんだ。逆に言えば、どんなにはちゃめちゃでも、真ん中にあなたが全力で伝えたいエモーションがあるならば、それでいいのだ。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.39より

 もちろん、正解を追い求めて良い仕事もある。だけど、できるなら、1つでも。自分が本心から「やりたい」と思える熱量を、かけられる何かが欲しいものだ。

 この本は、無難な仕事に逃げ込もうとする私をとっ捕まえて殴り、「これでいいんだっけ?」を今一度確かめさせてくれる、そんな本だった。

(本稿は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の発売を記念したオリジナル記事です)