『風、薫る』第44回より 写真提供:NHK
今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラに関する著書を2冊出版し、毎日レビューを続けて12年めの著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は第44回(2026年5月28日放送)「風、薫る」レビューです。(ライター 木俣 冬)
アメと雨はダジャレ?
シソンヌじろうの登場によってコメディ部分が強化されると思いきや、そうではなかった。彼が演じる康介は仕事で怪我をして臥せっている。
じろうの醸すどこかユーモラスな空気は、役の悲惨さを少し和らげる。
フユ(猫背椿)に手術介助の実務を教わる代わりに、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)は彼女の夫・康介の看病を引き受ける。
ふたりの仕事ぶりに康介は「やはりフユ“なんか”とは違うなあ」と見比べる。
話の流れで自分の仕事の話に及ぶと「私の仕事の話“なんか”興味ないか」と何かと「なんか」という言葉が出る。
つい、りんまで「そんなこと“なんか”ありま(せん)」と言ってしまう。
怪我して動けなくて自尊感情を損なってしまっている康介を元気づけたくて、りんと直美はアメ(飴)をお見舞いに持参する。
そのとき雨が降っているのは、雨とアメのダジャレ? ここでかかっている劇伴がとてもやさしい曲で癒やされる。黒い洋傘もモダンだ。
アメなんか(「なんか」を使ってみました)喜ばれるだろうか、と心配だったが、康介は喜ぶ。
昔は仕事帰り、疲れると甘いものが欲しくなったものだと思い出す。今はただのごく潰しだから、甘いもの“なんか”とても食べる余裕はない。フユに看病婦“なんか”やらせて……とまたしても「なんか」が続く。
「なんかなんかじゃありません」
同時に言って、目を合わせるりんと直美。
アバンタイトル4分の間に「なんか」が出てきた回数は、4回。
口癖になりがちだけれど「なんか」と卑下すると、どんどん内省的になってしまう。「どうせ」もその仲間のひとつであろう。じろうの自虐演技が的確だった。







