長時間にわたる文書作成、ファイル整理、複製資料の作成、その他の雑用には飽きが来るが、サイバー・ローフィングによって精神的にリフレッシュでき、仕事を再開する気力が回復するため、生産性が保たれていたのだ。うまくサイバー・ローフィングを取り入れることで、従業員の生産性が上がったとする研究は他にもある。

 加えて、サイバー・ローフィングによってチームがうまく機能するようになり、業務上の課題にユニークな解決法を考案できるようになると示す研究も見つかった。だらだら過ごすことで、クリエイティビティや洞察力が改善するのだ。

 さらにマーヴィンは、一定量のサイバー・ローフィングは不可避だという根拠も見つけた。トイレやランチ休憩と同様に、働く人には脳を休める時間が必要なのだ。

監視ツールを使っても
社員のサボりは防げない

 何時間も仕事に集中していると、自制心は徐々に低下し、サイバー・ローフィングへの衝動は強まる。こうして自制心が負けると、何か気晴らしをしようとする。経営者や管理職は、従業員のこうした行為を防止すべく、パソコン使用履歴をモニタリングしたり、FacebookやAmazonが表示されないソフトウェアを導入したりする。単純に、サボっている社員を見つけて叱責(しっせき)することもあろう。だが、どんな対策をしようとも、サイバー・ローフィングは不可避だと示す研究は多い。

書影『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(デヴォン・プライス著、佐々木寛子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(デヴォン・プライス著、佐々木寛子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 機嫌よく仕事に集中するためには、だらだらとローフィングして過ごす時間が必要なのだ。それを「時間の無駄」だと見なすのは、トイレ休憩は道楽だから不要だと言うに等しい。

 インターネットを使ってサボれなくなっても、従業員は別の方法を見つけて逃避をする。お茶を淹れる、鉛筆を削る、同僚の席に行って世間話をするなど、別の「時間の無駄」を編み出すわけだ。職場の生産性の研究では、こうした行為も「時間の無駄」とされるが、それをなくす方法は発見されていない。「時間の無駄」は人間にとって自然かつ健全で、重要なことだからだ。

 経営者は嫌がるかもしれないが、こうした時間の使い方は「泥棒」ではなく、必要な「息継ぎ」なのだ。自分の好きなローフィングの手段が禁止されても、従業員の脳はいくらでも別の方法を見つけて、ひと息ついてみせる。あらゆる息抜きが禁じられても、虚空を見つめてぼーっとすることは可能だ。

「怠惰」とされる行為をやりたくなるのは往々にして、一生懸命に働いた証拠であり、ひと息つくべきという信号なのだ。人が携わるほとんどの仕事には、振り返りや計画、クリエイティブなアイデアの発案などのための時間が必要だ。私たちはロボットやコンピューターではない。食べたり寝たりするのと同様に、だらだらする無為な時間も必要なのだ。「怠惰」になることを恐れるあまり、この充電への欲求を無視していると、深刻な事態を招きかねない。