夕陽丘予備校理事長を務めた白山桂三さんが関関同立の名付け親である。その経緯について、夕陽丘予備校の学校史で大阪新聞社記者の回顧談が掲載されている。

《白山先生の気さくな態度とあたたかい励ましが、どれほどありがたかったことか。いまもあのときの情景は、鮮明に蘇ってきます。「関学、関大、同志社、立命館、この4つの私立大が、関西では入試レベルも高く、人気もある大学なので、これを総称して“関関同立”と言うことにしようや。『大学へアタック』で、はやらせや」など、数え切れないほど多くの白山先生のアドバイスは教育面づくりにたずさわる私の血と肉になったのです》(『創立三十年 夕陽丘予備校史』1981年)

『大学へアタック』とは大阪新聞が連載する受験情報記事のタイトルである。

 こうして関関同立は誕生した。1970年秋のことである。

 関関同立が生まれて半世紀以上経った。

 関西のみならず西日本、そして関西の大学にあこがれる全国の受験生が関関同立というブランドに魅了されている。

 しかし、知られていないことがいくつかある。

司法試験合格者数は
東大・京大・早慶・中央に差をつけられる

 その存在価値は合格実績によって決まる。法科大学院のことだ。いくら優れた教員が集まり、面倒見のよい指導を行ったところで司法試験合格者数が奮わなければ、法科大学院として評価されることはない。それが現実である。

 しかし、司法試験合格者数、合格率ともに東京大、京都大、早稲田大、慶應義塾大、中央大に差を付けられている。2010年代関関同立いずれも合格率10%台の時代があったが、2020年代半ばに20~30%台を推移するようになった。40~50%台はほしいところだ。

 司法試験の合格者をまとめた(表8-5)。

表8-5同書より転載 拡大画像表示