ビジネスの現場では、スピードと即効性のあるアイデアが求められる。トップギアで走り続けること。そのプレッシャーに、息切れしてはいないだろうか。映画監督・長久允氏の著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』と独自インタビューから、一流の思考習慣を公開する。(文/飯室佐世子)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

スピード正義の裏ですり減らしているもの

「明日の会議までに、面白いアイデアを3つ考えてきて」

 ビジネスの場で軽く言われるそんな一言。

 私たちは常にトップギアで走り続け、頭をフル回転させて「今すぐ使える答え」を捻り出そうとする。

 だが、そのプレッシャーの中で生み出したアウトプットに、あなた自身は満足しているだろうか。

 急いでかき集めた情報で作った企画は、どこか薄っぺらく、他社の二番煎じのようなものになってしまわないか。

 そして何より、常に「すぐ結果を出さなきゃ」と焦り続ける働き方は、確実に私たちの心と創造力をすり減らしていく。

 では、常に新しい作品を生み出し続けるクリエイターは、どうやってそのプレッシャーと戦い、アイディアを枯渇させずにいるのだろうか。

くだらないメモを「未来の自分」へ埋める

 サンダンス映画祭で日本人初となるグランプリを受賞した映画監督・長久允氏は、インタビューの中で自身の制作スタイルについてこう語ってくれた。

長久允氏(以下、長久):映画は、1本ずつ作るというスタイルではなくて、常に10本くらいの企画を同時に抱えながら制作していきます。

 そのすべてを今すぐ完成させなきゃいけないということではなくて、時が来て条件が揃ったものが実際に映画になっていくんです。

 だから、企画は常に考えています。その種となるのが、ふと思いついたくだらないメモや違和感。未来の自分のために「タイムカプセル」のように埋めておくんです。

 日常の中で感じた違和感、悩み、あるいは意味不明な妄想。すぐには仕事の役に立ちそうもない、とっ散らかった感情の断片を、スマホのメモ帳にひたすらストックし続けているという。

 それは、明日提出するための企画書ではなく、数年後の自分に向けて埋めるタイムカプセルなのだそうだ。

本当のマルチタスクは「熟成樽」を持つこと

 アイデアに「熟成期間」を持たせる。

 そうして貯めてきた企画は、ある日急に、主役に躍り出る

長久:5年前にメモした小さな違和感が、不意に見返した時に今の自分の感情や、社会情勢とピタッと合致することがある。突然「今こそこれだ!」として動き出す瞬間があるんです。

「自分の頭の中に、いくつもの熟成樽を持っておくこと」も、マルチタスクと言えるかもしれない。

 今日形にならなくても、未完成のアイデアは、まだ発酵していないだけ。一つの樽ですぐに結果が出なくても、「こっちの樽はまだ時間がかかりそうだな」と寝かせておき、別の樽を開けてみればいい。

「名もなき感情」こそが武器になる

 結果を急かされる現代だからこそ、私たちはあえて「アイデアを寝かせる勇気」を持っても良いのかもしれない。

 焦らなくていい。

 今日埋めたその名もなき感情の断片が、じっくりと熟成され、数年後のあなたを救う最大の武器になる日が、きっと来る。