チョコレートの紳士・清水卯三郎
西部劇みたいに砂埃舞うような東京砂漠を「猫じゃ猫じゃ」の端唄を歌ってとぼとぼ歩いているりん。
ここで彼女はまた運命的な出会いをする。
切れた鼻緒を日本自由新聞社の前で直していると、洋装の紳士(坂東彌十郎)が現れる。
手品をしてみせて、チョコレートをくれる。
「こんな美味しいもん、はじめて食べた。魔法みたい」と喜ぶりん。
ここでまた『風、薫る』のいいところは、もらったチョコレートを環にも食べさせてあげたいと言うことだ。
そこで思い出すのは『虎に翼』(24年度前期)。
寅子(伊藤沙莉)は戦後、GHQの人からチョコレートをもらう。そのチョコレートを寅子は、闇物資を拒否して痩せてしまった友人・花岡(岩田剛典)に「お子さんに」と言い添えて渡す。のちにそれが絵画になって、寅子たちの法律への思いの支えになる。ひじょうにいい話であった。
閑話休題。
りんは、就職先でなく嫁ぎ先を見つけてもらえないかと、紳士に頼み込む。ああ、悲しきりん。やっぱり女性は「奥様」しか道がないと追い詰められていた。
夕暮れになって、街灯がともる。これが文明開化の明かりと思ったけれど、江戸時代でも文明開化の時代でも、女の生き方は変わらないと絶望するりん。
「あがりが奥様から淑女に変わっただけ」
「この国を、女が、ううん男も、双六(すごろく)の目から外れた人も、生きていけるように変えてください」
切実そうなりんに、紳士は名刺をくれた。「瑞穂屋 卯三郎」
別の日、りんは卯三郎の店を訪ねることになるが、それはこれからのお話。
さて、素敵なおじさま(紳士)という感じの清水卯三郎。大山捨松(多部未華子)と並び、りんと直美に影響を与えるキーパーソンになる。
埼玉県立文書館のサイトによると清水卯三郎は「文政12年(1829)、羽生領町場村(現羽生市)で酒造業を営む家に生まれた清水卯三郎は、横浜に出て英語を学び、その才を生かして、薩英戦争では英国側の通訳として和平に尽力、また、慶応3年(1867)のパリ万国博覧会に日本人唯一の商人として参加するなど、幕末の外交・貿易で活躍しました」という。
また帰国後は、「卯三郎は、『瑞穂屋』を開業し、欧米の技術、学問を目にした経験を生かして実業家として活動しています。なかでも、歯科医学関係の輸入・出版をしたことで、日本の歯科医学の発展に貢献しました」とある。
脚本家の吉澤智子は第1週の試写会見で行われた囲み取材でこう語っている。
「捨松は、津田梅子(5000円札の肖像になった人物)とアメリカに行ったものの、津田梅子ほど何をした人か知られていません。清水卯三郎もまた、歴史の狭間(はざま)に埋もれていた人物です。それは彼が武士ではなく商人だったからだと思います。でも彼はとても大きな視野を持っていた。経済の目線で明治の時代を見ていたことがとても面白いなと思っていて。捨松や卯三郎を登場させることで文化や社会面からこの時代を描いていきたいと思っています」
パリ万博といえば渋沢栄一(1万円札の肖像になった)も参加していた。つまり、捨松も卯三郎も、お札になった人と行動を共にした人であり、お札になれなかった人なのだ(これからなるかもしれないが)。
捨松と卯三郎、「双六の目から外れた人」に焦点を当てる『風、薫る』にぴったりかもしれない。
さあ、第3週!









