この体型と脂肪の量でも、8時間以上の手術が許されるなら、「がんを根こそぎ取って必要な血管だけを残す」がん研スタイルの切除も可能ではあろう。

 しかしここでは、定時を過ぎると、手術延長分の人件費やオペ室使用料などが外科医側に請求されてしまう。

 もしマンハッタンを颯爽と歩く外科医になりたいなら、「5時間の延長に見合う労力とコストの分だけ、『きれいな手術』をすると患者の生存期間が延びるのか」、もっと言えば「それでスローンに来る患者が増えるのか」という合理性と経済性を、上層部に明快にプレゼンしなければ採用されないだろう。

 残念ながら、それはムリだ。特に、悪性度の高い膵がんの予後は「がんの性質」にかかっており、日米の手術法を総体として比較しても差を見出せないからだ。

 では何故、僕たちは8時間もかけて手術をしているのか。長時間手術が許される日本の環境に甘えているだけなのだろうか。

アメリカ横断ウルトラ研修で
導き出した筆者の答え

 最後のレクチャーを終えて病院を出ると、街はクリスマス・シーズンの到来に浮き立っている。

 実は、最後の夜、僕は妻のP子をニューヨークに招待していた。行き先はロックフェラーセンターのスケートリンク。眩いクリスマスツリーの下、僕たちはぎこちなく滑った。

 頭の中では、まださっきの問いがぐるぐる廻っている。なぜ、時間がかかっても「きれいな手術」にこだわるのか――。

 統計でなく外科医の「思想」で語るなら、それは、解析結果に影響しないほど少ない集団の中に、「この手術をしたから治癒した」と信じられる患者が、確かに存在するからだ。

 そこに仕事の価値を見出せれば、スーパーカーに乗らず、ワニのプールも持たず、オペ室にこもる人生でも僕はハッピーだ。

 これが、「知力・体力・時の運」で実現した、僕のアメリカ横断ウルトラ研修の答えだ。